編集長コラム15

#編集長コラム15 ホテルは、人の回復をデザインできるか Oura Ringに見る、宿泊体験と健康経営の未来

Oura Ring 5をお借りして、しばらく使っている。
最初は、ホテル業界の未来を考えるためのガジェットとして見ていた。しかし使っているうちに、これは単なるスマートリングではなく、自分の身体が発している小さなサインに気づくための道具なのだと感じ始めた。
指輪である。時計ではない。画面もない。通知もない。けれど、眠り、回復、ストレス、活動、体温の変化を静かに記録していく。
普段なら見過ごしてしまう身体の状態が、可視化されていく。
ホテル業界に、これはかなり相性が良い。

月刊HOTERES8月号では、睡眠特集を組んだ。ホテルにとって睡眠は、もっとも基本的でありながら、もっとも差別化が難しい価値である。良いベッド、良い枕、静かな客室、遮光、空調、香り、照明、音環境。ホテルはこれまでも、さまざまな形で「よく眠れる滞在」を追求してきた。

しかし、これからの時代は、それだけでは足りなくなるかもしれない。
ホテルは本当にお客さまを眠らせることができたのか。
お客さまは、その滞在によって回復したのか。
疲れは取れたのか。
ストレスは下がったのか。
翌日の身体は整ったのか。
これまで感覚で語られてきた宿泊体験が、少しずつ可視化されていく時代に入っている。
その象徴の一つが、スマートリングである。

スマートリング市場は、今後大きく伸びると見られている。調査会社Grand View Researchによると、世界のスマートリング市場は2025年時点で4億1,750万ドル規模、2033年には20億7,930万ドルに達すると予測されている。2026年から2033年までの年平均成長率は22.5%とされ、ウェアラブル市場の中でも成長期待の高い領域である。
背景にあるのは、単なるガジェット需要ではない。

人々が、自分の身体の状態を知りたいと思い始めているのである。睡眠、ストレス、回復、心拍、体温、活動量。これまで病院や専門機関でしか見えにくかった身体の変化を、日常の中で把握したいというニーズが高まっている。
時計型のウェアラブルはすでに広がった。しかし、寝ているときに着け続けるには気になる人もいる。通知も多い。画面もある。運動管理には強いが、静かに身体を見守るデバイスとしては、指輪型の方が自然な場面もある。

その点、スマートリングはホテルと相性がよい。
なぜなら、ホテル滞在の中心には「眠り」と「回復」があるからである。
その中でもOura Ringは、スマートリング市場を代表する存在と言ってよい。Oura Ring 5は、Oura Ring 4よりも40%小型化し、通常6日から9日間のバッテリー駆動を実現している。画面を持たず、身体に静かに寄り添いながら、睡眠、心拍、体表温、活動、ストレス、回復などを継続的に把握し、アプリを通じて日々のコンディションを分かりやすく示してくれる。

Oura Ringの良さは、単に数値を並べることではない。
今日の自分がどのような状態なのか。
休むべきなのか。
動いてよいのか。
よく眠れているのか。
回復できているのか。
それを、直感的に理解しやすい形で示してくれるところにある。

ホテルにとって、この意味は大きい。
これまでホテルは、「よく眠れます」「癒やされます」「リフレッシュできます」と言葉で伝えてきた。もちろん、それは大切である。しかし、スマートリングが普及すれば、宿泊体験の価値はもう少し具体的に見えるようになる。
このホテルに泊まったら、睡眠時間が伸びた。
この温泉に入った日は、回復感が高まった。
このリゾートに滞在した後、ストレス状態が下がった。
この客室では、夜中に目覚める回数が少なかった。
こうしたデータが、ホテル体験の新しい言語になる可能性がある。
そしてそれは、顧客満足度を高めることにもつながるはずだ。

ホテルの満足度は、これまでアンケートや口コミ、スタッフの観察によって把握されてきた。しかし、お客さま自身が「よく眠れた」「回復できた」「身体が整った」と実感できれば、満足はより深いものになる。さらにホテル側も、お客さまの状態に合わせて、スパ、ジム、食事、アクティビティ、休息の提案を行なうことができれば、滞在はよりパーソナルになる。

顧客満足とは、単に不満をなくすことではない。
お客さまが自分でも気づいていなかった身体の状態に気づき、よりよい滞在へ導かれることも、これからの満足度向上の一つになる。

実際に、ホテル業界ではスマートリングを活用した取り組みが始まっている。
リゾートトラストと村田製作所は、2024年9月から芦屋ベイコート倶楽部で、リゾートホテル宿泊客向けにスマートリングを用いて健康状態を分析する実証実験を開始している。スマートリングに搭載された光学センサと村田製作所独自のアルゴリズムにより、宿泊客の末梢血行の状態を推定し、その結果から個人の状態に適したSPA、エステ、ジムでの運動などのアクティビティを提案する取り組みである。
これは非常に興味深い。

ホテルが「よく眠れる客室」や「癒やされる滞在」を用意するだけでなく、お客さまの身体の状態を把握し、その人に合った過ごし方を提案する段階に入り始めているからである。
ホテルの価値は、これから「泊まったか」ではなく、「泊まったあとに身体がどう変わったか」まで問われるようになる。
リゾートトラストと村田製作所の取り組みは、まさにその入り口にある。

これは、ウェルネスホテルだけの話ではない。
温泉旅館、リゾートホテル、スパを持つホテル、長期滞在型ホテル、ワーケーション施設、ラグジュアリーホテル、そして都市型ホテルにも関係する。出張で疲れたビジネスパーソンが、翌朝どれだけ整って出発できるか。家族旅行で訪れたお客さまが、どれだけ深く休めるか。記念日に泊まったお客さまが、翌日どれだけ軽やかな気持ちで帰れるか。

ホテルは、睡眠と回復をもっと真剣に設計する時代に入る。

スマートリングの活用は、お客さま向けだけではない。
ホテルの鍵としての活用も考えられる。すでにホテルでは、カードキー、スマートフォンキー、NFCを活用したデジタルキーが広がり始めている。将来的にスマートリングが客室キー、館内決済、会員認証、スパ・ジム・ラウンジの入退室、ロッカー利用などと連動すれば、お客さまはスマートフォンを取り出す回数を減らせる。
ホテルDXは、これまでスマートフォンを中心に進んできた。

しかし、ホテル滞在においては、スマートフォンすら煩わしい瞬間がある。
プールサイドで。
スパで。
温泉で。
朝食会場で。
ベッドに入る前で。
本当に上質な滞在とは、テクノロジーを意識しなくても、自然に体験が進んでいくことではないか。

スマートリングは、その可能性を持っている。
さらに、スマートリングは従業員の体調管理や健康経営にも応用できる。
ここは、ホテル業界にとって非常に重要な論点である。
ホテル業界は、シフト勤務が常である。早番、遅番、夜勤、宴会対応、繁忙期の連勤。現場によっては、夜勤やダブルシフトで二十時間近く働くこともある。お客さまの前では笑顔で立っていても、身体の中では疲労が確実に蓄積している。

しかも、人は自分の疲れに意外と気づかない。

疲れているのに、まだ大丈夫だと思う。
眠れていないのに、慣れていると思う。
回復していないのに、気合いで乗り切れると思う。
気づかないうちに疲れがたまり、ある日突然、身体が止まる。
ホテルの現場には、そうしたスタッフが少なくないはずだ。

人手不足が深刻化する中で、これからのホテル経営に必要なのは、単に採用を増やすことだけではない。今いる人が、健康に、長く、誇りを持って働き続けられる環境をつくることである。
健康経営は、これからのホテル業界のスタンダードになる。
スマートリングの法人契約も増えていると聞く。これは、企業が従業員のコンディションを「本人任せ」にせず、組織として支える時代に入り始めていることを示しているのではないか。

睡眠、疲労、回復傾向、ストレス状態を本人が把握できれば、自分の身体を守るきっかけになる。企業側も、個人を特定しない形で傾向を把握できれば、シフト設計、夜勤負荷、繁忙期の人員配置、休憩の取り方、健康施策を見直す材料になる。
大切なスタッフが過労で倒れる前に、何か策を打つ必要がある。

それは、福利厚生の話にとどまらない。ホテルの品質を守る経営課題である。
疲れ切ったスタッフに、最高のホスピタリティを求め続けることはできない。回復できていない人に、笑顔と気配りと判断力を求め続けることもできない。人が価値をつくる産業であるならば、人のコンディションを守ることは、経営の中心に置かれるべきである。
ただし、ここには大きな注意も必要である。
健康データは、非常にセンシティブである。お客さまに貸し出す場合も、従業員の健康経営に活用する場合も、本人の同意、利用目的、データの保管、削除、匿名化、評価への不使用を明確にしなければならない。
ウェルネスの名を借りた監視になってはいけない。

睡眠が浅いから評価を下げる。疲れているから重要な仕事から外す。回復スコアを個人管理の材料にする。そうした使い方になれば、健康経営ではなく管理強化である。
スマートリングは、人を縛るための道具ではない。
人がよりよく働き、よりよく休み、よりよく生きるための道具であるべきだ。
ホテルは、お客さまを休ませる場所である。
だからこそ、そこで働く人の休息にも本気で向き合わなければならない。

私は、Oura Ring 5を使いながら、ホテル業界の未来を考えている。
Oura Ringは、デザインも美しい。時計のように主張しすぎず、アクセサリーとして日常に溶け込む。画面がないからこそ、身体の状態を静かに記録してくれる。通知に追われるのではなく、自分の状態を後から理解する。そこに、今の時代に必要な距離感がある。
この「静かさ」は、ホテルに近い。

良いホテルは、お客さまの時間を邪魔しない。必要なときにそこにあり、不要なときには主張しすぎない。見守るが、押しつけない。整えるが、支配しない。
Oura Ringの思想は、これからのホテル体験と重なる部分がある。

2026年には、OuraがTeam USAおよびLA28オリンピック・パラリンピック競技大会の公式ウェアラブルとなることも発表された。トップアスリートのパフォーマンスや回復を支えるデバイスが、一般のお客さまの日常にも広がっていく。これは、ウェルネスが一部の富裕層やアスリートだけのものではなく、日常の体験価値になっていくことを示している。
ホテル業界は、この変化を見逃してはいけない。
これまでホテルは、眠りを売ってきた。
これからは、その眠りの質を証明する時代に入る。
 
これまでホテルは、癒やしを語ってきた。
これからは、その癒やしが身体にどう表れたかを考える時代に入る。
これまでホテルは、非日常を提供してきた。
これからは、日常に戻った後のお客さまの状態まで含めて、滞在価値を問われる時代になる。
ホテルは、人の回復をデザインできるか。
この問いは、単なるテクノロジーの話ではない。ホテルが本当に提供している価値は何かという問いである。
ベッドなのか。
客室なのか。
食事なのか。
温泉なのか。
サービスなのか。
もちろん、すべて大切である。

しかし、その先にあるのは、お客さまがその場所でどう整い、どう回復し、どう明日へ向かえるかである。そして、そこで働く人たちが、健康に、誇りを持って、その価値を届け続けられるかである。
スマートリングは、その価値を可視化する入り口になる。
ホテル業界の未来には、スマートリングが来る。私はそう感じている。
ただし、それは機器を導入すればよいという話ではない。大切なのは、データをどう扱い、どのような体験に変え、誰を豊かにするかである。

お客さまの眠りを支える。
従業員の健康を守る。
ホテルの体験価値を高める。
顧客満足度を高める。
そして、人がよりよく回復できる場所として、ホテルの役割を再定義する。

スマートリングは、ホテルに新しい問いを投げ掛けている。
ホテルは、お客さまを泊める場所で終わるのか。
それとも、お客さまと働く人の明日を整える場所になれるのか。
Oura Ringを指にはめながら、私はその未来をかなり本気で考えている。

鍵になる。
決済ができる。
自分自身のコンディションが分かる。
スタッフのコンディションも、適切なルールと配慮のもとで見守ることができる。

そんなものは、これまでホテルにはなかった。

けれど、この小さな指輪は、ホテル体験とホテル運営の両方を変える可能性を持っている。客室キー、館内決済、会員認証、睡眠測定、ウェルネス提案、健康経営、顧客満足度の向上。これらが一つのデバイスに少しずつ集約されていくとすれば、ホテルの滞在はさらに自然で、さらに個別化されたものになっていく。

ますます便利になるこの小さな指輪の、さらなる技術進歩が楽しみで仕方がない。
また、Oura Ringについては、今回だけで結論を出すのではなく、今後も定期的にレビューしていきたいと思っている。

睡眠スコアは実感とどこまで合うのか。
出張や会食、運動、飲酒、休日、ホテル滞在によって数値はどう変わるのか。
自宅で眠る日と、ホテルで眠る日では何が違うのか。
身体の回復を可視化することが、日々の行動や働き方にどのような変化を与えるのか。
使い続けることで見えてくることがあるはずだ。

そして、その実感をもとに、ホテル業界にとってスマートリングが本当に価値あるものになるのか、宿泊体験や健康経営にどう生かせるのかを、引き続き考えていきたい。

ホテレス編集長 義田

Oura Ring 公式サイト