
先日、ある飲食店を訪れた。
人気店である。
店の外には長い列ができ、店内もほぼ満席。デザインされた空間は雰囲気もよく、入った瞬間に「人気があるのも分かるな」と感じた。
ただ、席についてすぐ、一つ気になることがあった。
テーブルに置かれていたのは、ペットボトルの水だった。
グラスは出てこない。
しばらく周囲を見ていると、どうやらこの店ではペットボトルから直接水を飲むのが通常のスタイルらしい。ほかのお客さまも、ペットボトルにそのまま口をつけて飲んでいた。
もちろん、ペットボトルから水を飲むこと自体がおかしいわけではない。私だって普段はそうする。
ただ、レストランに入り、料理を注文し、家族で食事を楽しむ。そのテーブルで、ペットボトルを手に取り、そのまま口をつけて水を飲む。
私には、どうにも違和感があった。
しかも、会計にはきちんとサービス料が加算される店である。
高級なグラスを使ってほしいと言っているのではない。
水を恭しく注いでほしいわけでもない。
私が引っ掛かったのは、この店が「食事をする時間」をどう考えているのか、ということだった。
空間はここまでデザインする。
料理もデザインする。
行列ができるほど話題もつくる。
なのに、水を飲むという最も基本的な行為は、ペットボトルのままでいい。
そこに、少しちぐはぐさを感じた。
そして、嫌な予感がした。
もしかすると、この店は「お客さまがどう過ごしているか」よりも、「店をどう回すか」を優先しているのではないか。
残念ながら、その予感は当たった。
乾杯のドリンクが出てくるまで、約30分かかったのである。
皆で食事に来て、最初の一杯で乾杯する。
特別なサービスを求めているわけではない。
ごく普通の食事の始まりである。
しかし、その始まりがなかなかやってこない。
さらに印象的だったのは、スタッフが暇そうにしていたわけではないことだ。
むしろ逆だった。
みんな、とても忙しそうだった。
店内を歩いている。
料理を運んでいる。
注文を取っている。
皿を下げている。
一生懸命働いているように見える。
でも、不思議なくらい、お客さまを見ていない。
困っていても目が合わない。
声を掛けようとしても、こちらを見ない。
そして、乾杯のドリンクがまだ出ていない私たちのテーブルにスタッフがやってきて、
「メイン料理はどうされますか」
と聞いてきた。
いや、まず乾杯させてほしい。
そう思った。
おそらくスタッフも必死だったのだろう。
キッチンからは次々と料理が上がってくる。
次のオーダーを取らなければならない。
外には長い列ができている。
テーブルも回さなければならない。
もしかすると、キッチンから「早くメインの注文を取ってほしい」というプレッシャーがあったのかもしれない。
もちろん、実際の厨房とサービスの連携がどうなっていたのかは分からない。
ただ、私の目には、スタッフがお客さまの食事の進み方よりも、目の前の作業を終わらせることに追われているように映った。
だから私は、スタッフ個人を責めたいわけではない。
むしろ問題は、スタッフがお客さまを見る余裕を失うほど、オペレーションに追われている店のつくり方にあるのではないかと思った。
サービス業は、忙しくなればなるほど「お客さま」が消えていくことがある。
料理を運ぶ。
注文を取る。
皿を下げる。
次の料理を出す。
テーブルを回転させる。
一つひとつの作業はこなしている。
それなのに、
「このお客さまは今、何を求めているのか」
という最も大切なことが抜け落ちていく。
それは、サービスではなく「処理」になってしまう。
私は以前から、サービスとは「お客さまに興味を持つこと」だと思っている。
難しいことではない。
テーブルを見ればいい。
目を見ればいい。
少し立ち止まればいい。
まだ乾杯できていない。
ドリンクが届いていない。
料理だけが先に来ている。
子供が退屈している。
グラスが空いている。
何かを探している。
こちらを見てスタッフを呼ぼうとしている。
そういう小さなサインは、マニュアルを読まなくても、お客さまを見ていれば気づけることが多い。
逆に言えば、お客さまを見ていなければ、どれだけ立派なサービスマニュアルがあっても気づけない。
そして今回、もう一つ考えさせられたことがある。
この店は、人気店なのである。
外には長蛇の列ができている。
おそらく売上も悪くないだろう。
SNSを見て来る人もいるのかもしれない。
デザインもいい。
料理の写真も映える。
だから、経営上は「成功している店」に見える。
しかし私は思った。
行列があることと、良い店であることは、本当に同じなのだろうか。
お客さまが次々と来るから、サービスの問題が数字に表れにくい。
今日のお客さまが「もう来なくていいかな」と思って帰っても、明日にはまた別のお客さまが列をつくる。
満席である限り、問題に気づきにくい。
これは、今のホテル業界にも少し似ている。
インバウンドが増えている。
稼働率が高い。
ADRも上がった。
レストランも予約で埋まっている。
数字だけを見れば順調である。
しかし、その陰で、
「もう、このホテルじゃなくてもいいかな」
と思って帰っているお客さまが何人いるのか。
それは、その日の売上表には出てこない。
満室だからといって、全員が満足して帰っているとは限らない。
行列だからといって、全員がまた来たいと思っているわけでもない。
そして、今回の店では10%のサービス料がかかっていた。
私は、サービス料を取ること自体にはまったく反対ではない。
むしろ、良いサービスにはもっとお金を払っていいと思っている。
人が人にサービスをするには、当然コストがかかる。
優秀なサービススタッフには、もっと高い給与を払うべきだとも思う。
ホテルでもレストランでも、素晴らしいサービスによって食事や滞在の価値が高まるのであれば、10%でも15%でも、それに見合う価値があればいい。
ただ、「サービス料」と名乗るのであれば、そこにはサービスがあってほしい。
今回のペットボトルの水についても、単にグラスを出すかどうかの話ではない。
カジュアルな飲食店であれば、ペットボトルから直接飲むスタイルがあってもいいだろう。
それ自体が店のコンセプトとして成立している場合もある。
ただ、洗練された空間をつくり、料理を提供し、サービス料をいただくのであれば、お客さまがそこでどのような時間を過ごすのかまで考えてほしい。
空間はデザインされているのに、顧客体験はデザインされていない。
今回、私が最も違和感を覚えたのは、そこだったのかもしれない。
そして本質的な問題は、ペットボトルそのものではない。
水を飲むという行為も、乾杯のタイミングも、食事の進み方も、すべてが店側のオペレーションに従属しているように感じられたことだ。
サービスとは、目の前の人に興味を持つことだと思う。
何を待っているのか。
何に困っているのか。
楽しんでいるのか。
もう一杯欲しいのか。
少し急いでいるのか。
ゆっくり過ごしたいのか。
今日は何のためにここへ来たのか。
そこを見るところから、サービスは始まる。
だから私は、サービス業で最も怖い言葉の一つが「捌く」だと思っている。
「今日、何人捌いた」
「この時間帯をどう捌くか」
「団体をどう捌くか」
現場では、つい使ってしまう言葉なのかもしれない。
私自身も業界の中で耳にする。
しかし、お客さまは「捌かれる」ために来ているわけではない。
家族との休日かもしれない。
久しぶりの友人との食事かもしれない。
誕生日かもしれない。
大切な人との記念日かもしれない。
あるいは、仕事で疲れた一週間の最後に楽しみにしていた食事かもしれない。
店側から見れば、その日100組いるうちの一組でも、お客さまにとって、その日の食事は一回しかない。
ホテルも同じである。
今日300室をチェックインさせる側から見れば、そのお客さまは300分の1かもしれない。
でも、お客さまにとっては、その旅行は一つしかない。
ここを忘れてはいけないと思う。
前回のコラムで「忙しいホテルほど、仕事を減らした方がいい」と書いた。
今回の店で感じたことも、実はつながっている。
スタッフが怠けていたわけではない。
むしろ、必死に働いていた。
それでもサービスが成立していなかった。
だとすれば、「もっと頑張れ」と言っても解決しない。
スタッフがお客さまを見ることのできるオペレーションを、経営側がつくらなければならない。
仕事を減らす。
役割を整理する。
人員配置を見直す。
予約の取り方を変える。
テクノロジーを使う。
必要なら席数や予約数そのものを考える。
売上を最大化することと、お客さまを詰め込めるだけ詰め込むことは同じではない。
現場が目の前のお客さまを見ることすらできない状態まで回転率を上げて、それを「繁盛」と呼んでいいのだろうか。
デザインが良くてもいい。
SNSで話題になってもいい。
行列ができてもいい。
効率よくテーブルを回すことも必要である。
料理を時間どおり出すことも重要だ。
でも、どれだけ忙しくなっても、
お客さままで「処理」してはいけない。
ホテルも、レストランも、結局は人を相手にする仕事である。
そして人を相手にする以上、最後に必要なのは、ものすごくアナログなことなのだと思う。
相手を見る。
目を合わせる。
気づく。
声を掛ける。
興味を持つ。
その積み重ねがサービスになる。
ペットボトルの水でも構わない。
ただ、それがお客さまにどのような印象を与えるのか、考えてほしい。
忙しくても構わない。
でも、乾杯を30分待っているお客さんがいることに、誰かが気づいてほしい。
メイン料理のオーダーを取ることも必要だ。
でも、その前に、そのテーブルがまだ乾杯すらできていないことを見てほしい。
サービスとは、特別な演出ではない。
まず、目の前のお客さまを見ることから始まる。
私たちは「今日、何人のお客さまを捌いたか」ではなく、
「今日、何人のお客さまを見られたか」
を、もっと大切にした方がいいのではないだろうか。
行列の長さでは測れない価値が、サービス業にはある。
そして、その価値をつくるのは、結局のところ、お客さまに興味を持つ一人ひとりの人間なのである。
HOTERES編集長
義田 真平
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