編集長コラム21

#編集長コラム21 ホテルのレストランは、もっと高くていい。街場との競争、泊食分離――それでも私がホテルF&Bを愛する理由

東京にいると、つくづく思う。
魅力的なレストランが多すぎる。

鮨、焼き鳥、天ぷら、中華、イタリアン、フレンチ、居酒屋、バー。少し探せば、料理人の個性が色濃く宿る店や、「この一皿を味わうために訪れたい」と思わせる名店がいくらでも見つかる。

個人店ならではの距離感も心地よい。
店主が自らお客さまを迎え、料理人がカウンター越しに表情をうかがい、常連になれば好みまで自然と覚えてくれる。

では、ホテルのレストランはどうだろうか。
ホテルに泊まっているから、そのまま館内で食事をする。
そんな時代は、確実に終わりを告げつつある。

スマホ一つあれば、周囲の名店の評価も料理も瞬時に把握できる。予約も指先一つで完了する。訪日旅行者でさえ、ホテルの外へ軽やかに繰り出し、鮨や焼き鳥、ラーメン、居酒屋の熱気を楽しんでいる。

泊食分離は、これからさらに加速していくだろう。
そう考えると、ホテルのレストランが対峙すべき相手は、もはや隣の競合ホテルだけではない。
街にある、すべての魅力的なレストランである。

「ホテルにある」だけでは、もう選ばれない
これはホテルF&Bにとって、極めてシビアな競争環境だ。

街場の個人店には、独自の圧倒的な強さがある。
小さな厨房、少数精鋭のチーム、料理人の強烈な個性。
業態を絞り込み、営業時間を限定し、「自分たちはこれを売る」と明確に決められる身軽さと鋭さがある。

一方、ホテルは構造的に重層的だ。
大きな厨房を抱え、料理人だけでなく、サービススタッフ、ソムリエ、バーテンダー、パティシエといった専門人材を数多く要する。

食器、グラス、リネン、設備、衛生管理、バックヤードの維持管理も不可欠だ。
ホテルによっては朝食からランチ、ティータイム、ディナーまで通しで営業し、インルームダイニングや宴会にも対応しなければならない。

当然、コストは掛かる。
だから私は、ホテルのレストランが街場より高いこと自体を、不自然だとはまったく思わない。
むしろ、もっと高くていいとさえ思っている。

ただし、明確な条件がある。
街場では味わえない価値がなければならない。

「ホテルだから高い」ではなく、「ホテルだから、ここまでしてくれる」
ホテルF&Bの値上げに対しては、「昔からのお客さまが離れてしまう」「ホテルは割高だと思われる」という不安の声を耳にすることがある。

もちろん、ただメニューの数字を書き換えればいいという話ではない。
お客さまは価格そのものを拒絶しているのではない。その金額を支払うべき理由が見当たらないことに失望しているのだ。
以前のコラムで私は、「お客さまはいる。お金を使う理由がないだけだ」と書いた。

ホテルF&Bもまったく同じではないだろうか。
「ホテルだから高い」で終わってはいけない。
「ホテルだから、ここまでしてくれる」と心から感じてもらわなければならない。

街場の店より高いプライシングを設定するのであれば、その対価を払ってでも訪れたい必然性をつくり出す必要がある。

料理の完成度なのか。
行き届いたサービスなのか。
洗練された空間なのか。
記憶に残るワインなのか。
息をのむ眺望なのか。
魅力的なシェフの存在なのか。
そこでしか味わえない特別な時間なのか。

「このホテルに泊まっているから食べる」ではなく、
「このレストランで食べたいから、そのホテルへ行く」。
そこまで昇華されて初めて、ホテルF&Bは本物のコンテンツになる。

利益は、次の一皿をつくるための原資である
そして、もう一つ強く訴えたいことがある。
ホテルのレストランには、堂々と利益を出してほしい。
利益を追求することを、どこか後ろめたいことのように捉える必要はまったくない。
食材費は高騰している。
人件費も上がっている。
光熱費も上がっている。
厨房設備も定期的に更新しなければならない。

そして何より、人を育て、報いるためには原資が掛かる。
料理人の給与を引き上げる。
意欲ある若い人材を採用する。
十分な人数のサービススタッフを配置する。
料理人に国内外の優れたレストランを食べ歩かせる。
海外のホテルへ研修に送り出す。
生産者のもとへ足を運ばせる。
新しい食器をそろえる。
厨房設備を最新のものに刷新する。
次代を担う料理長を育てる。
これらはすべて、利益がなければ一つとして実現できない。

価格とは、今日提供した料理の代金にとどまらない。
私は、明日の料理とサービスをより良くするための投資原資でもあると考えている。
適正な対価をいただき、しっかりと利益を残し、それを人、食材、設備、教育へ再投資する。
価値を高めることで、さらにお客さまから強く選ばれるようになる。
ホテルF&Bに必要なのは、この健全な好循環だ。
価格を上げられないがゆえに利益が出ず、人員を削り、教育を省き、設備投資を先送りし、料理とサービスの質が落ち、結果としてますます価格を上げられなくなる。
そんな負のスパイラルに、これ以上陥ってはならない。

カジュアルと、ルーズは違う
ただし、「もっと高くていい」と主張する以上、ホテル側にも厳しい目を向けなければならない。
最近、ホテルを利用していて少し気になる点がある。
ライフスタイルホテルが増加し、ホテルの空間もスタッフの身だしなみも接客スタイルも、ずいぶんカジュアルになった。
私は、その変化自体を否定する気は毛頭ない。

時代とともにホテルのスタイルが多様化するのは自然な流れだ。
Tシャツで接客してもいい。
スタッフとお客さまがフレンドリーに対話してもいい。
過度にかしこまった言葉遣いを排したホテルがあってもいい。
しかし、カジュアルであることと、ルーズであることは根本的に異なる。
ましてや、お客さまへの「無関心」をカジュアルという言葉でごまかしてはいけない。

街場の個人店よりも、お客さまを見ていない。
街場の店よりも、ただ料理を置いて立ち去るだけ。
そんな接客になってはいないだろうか。

グラスが空きそうなら自然と気付く。
料理を運ぶタイミングを、テーブルの会話の空気から察する。
寒そうに身を縮めていたらブランケットを差し出す。
先を急いでいる様子ならテンポを上げる。
大切なビジネス会食なら、必要以上に踏み込まず黒子に徹する。
記念日だと分かれば、自分たちにできるささやかなサプライズを考える。
これは、クラシックホテルでも、ラグジュアリーホテルでも、ライフスタイルホテルでも何ら変わらないホスピタリティーの本質だ。

お客さまに深い関心を持つ。
そして、「この方は今、何を求めているのだろう」と思いを巡らせる。
一歩先回りして、その人が過ごす時間をほんの少しでも心地よいものに仕立てる。
私は、それこそがプロフェッショナルの接客であり、この仕事の醍醐味だと信じている。

私は、やはりホテルのレストランが好きだ
厳しい指摘も重ねてきたが、それでも私はホテルのレストランが心から好きだ。
街場の個人店には、街場にしかない熱気や魅力がある。
だが、ホテルにはホテルでしか味わえない特別な時間の流れがある。

ホテルのエントランスをくぐり、ロビーを抜け、レストランへと歩を進める。
美しく整えられたテーブルセッティング。
一点の曇りもなく磨かれたグラス。
料理を待つ間の、心地よく背筋が伸びる感覚。
厨房から静かに運ばれてくる優美な一皿。
そこには街場とは一線を画す、心地よい緊張感と安心感が同居している。
ホテルで食事をすることは、私にとって今でもかけがえのない「ハレ」の時間なのだ。

誕生日。
結婚記念日。
家族のお祝い。
大切なお客さまとの会食。
少し背伸びをしたデート。
人生の節目を振り返ったとき、大切な記憶の舞台としてホテルのレストランが刻まれている人は、決して少なくないはずだ。

だからこそホテルのレストランは、街場と同じ価格帯で消耗戦をする必要などない。
単に料理という物質だけを売っているのではないからだ。

料理、サービス、空間、緊張感、安心感。
そして「今日は特別な一日だ」と実感させてくれる豊かな時間。
ホテルF&Bが提供しているのは、「ハレの日」の体験そのものである。

ホテルのレストランは、ホテルの価値そのものである
東京には、魅力的なレストランがあふれている。
ただ宿泊しているからという理由だけで館内レストランを選ぶ人は、今後ますます減っていくだろう。
泊食分離はさらに進む。
それでも、私はホテルF&Bの未来を決して悲観していない。

むしろ、これからのホテル経営において「食」の重要性はかつてないほど高まると確信している。
客室のハードウエアは世界中で進化を遂げた。
寝心地の良いベッド、快適なシャワー、上質なアメニティー、そしてテクノロジーによるスムーズなチェックイン。
その結果、客室というハード面での差別化は難しくなり、差は縮まりつつある。

しかし、
「あの料理をもう一度味わいたい」
「あのバーテンダーに会いに行きたい」
「あのレストランで家族の節目を祝いたい」
という情緒的な記憶は、決してコモディティー化しない。

F&Bは、単なる宿泊の付帯設備ではない。
ホテルの記憶を刻み込み、そのホテルを選ぶ理由そのものになり得る強力な武器だ。

そのためにも、ホテルのレストランはもっと高くていい。
適正な利益を確保し、人に投資し、料理人を育て、最高の食材を仕入れ、設備を整え、次なる最高の一皿を生み出せばいい。

ただし、高い対価をいただくのであれば、それ以上の感動をお返しする覚悟が不可欠だ。
そしてその価値は、豪華な食材や華美な内装だけで生まれるものではない。

カジュアルでも構わない。
堅苦しく構える必要もない。
しかし、目の前のお客さまへの興味と敬意だけは、決して手放してはならない。
目の前の人を深く観察し、何を求めているかを想像し、一歩先回りする。
そして、その人が館内で過ごす数時間を、訪れたときよりも確実に満ち足りた時間にしてお見送りする。

それこそがサービスの本質であり、ホテルで働く最大の誇りではないだろうか。
街場より高くてもいい。
ホテルにしか生み出せない価値があるのなら、堂々とそのプライドに見合う価格を掲げればいい。

問われているのは「高いか、安いか」ではない。
「その対価を払ってでも、ここへ来たい理由があるか」である。

「ホテルに泊まっているから食べる」から、
「あのレストランで食べたいから、ホテルへ行く」へ。
そして、
「あの人に会いたいから、あのホテルへ帰る」へ。

ホテルF&Bを、「ホテルだから備えている部門」で終わらせてはいけない。

食でホテルを選ばせる。
人でホテルへ帰ってきてもらう。

そして、
ホテルという場所の記憶をつくる。
それこそが、ホテルF&Bだけが担える役割だ。

私はやはり、ホテルのレストランを愛している。
だからこそ、街場に勝ちたいのではない。

街場には決してつくれない価値を、ホテルだからこそ生み出してほしい。
ホテルのレストランは、もう一度ホテルの主役になれる。

私は、その日を信じている。

HOTERES編集長 義田
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