対談:デジタルグリッド×大谷山荘

“電力を選ぶ時代”へ~経営者に求められる新たな電力調達戦略

電力自由化と燃料価格高騰を背景に、電力は「与えられるコスト」から「設計・選択する経営変数」へと変化している。東京大学発の技術を基盤に2017 年に設立された電力スタートアップ企業が、デジタルグリッド㈱だ。代表の豊田祐介氏は、東京大学大学院修了後、ゴールドマン・サックスなどを経て経営に参画。現在はAI を活用し、発電側と顧客が直接、電力取引できるプラットフォームを展開している。この仕組みを導入した、山口県の老舗旅館・大谷山荘では、固定と市場連動を組み合わせた調達により価格変動リスクを抑えつつ、電力費の可視化と改善効果を実現した。本稿では、宿泊業における電力調達の新たな考え方と実務における変化を両氏の対話から検証した。


㈱大谷山荘 代表取締役社長 大谷 和弘氏 Kazuhiro Otani Profile / 1979 年山口県生まれ。 名温泉地の旅館で実務経験を積み、2005 年に家業の大谷山荘へ入社。 2020 年代表取締役社長に就任。2019 年山口県温泉協会会長に就任


デジタルグリッド株式会社 取締役COO 近清拓馬氏(Takuma Chikakiyo) 2013年に東京大学大学院工学系研究科を修了後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。エネルギー関連の製造業で戦略立案、経営改革、オペレーション改善プロジェクトに従事。2017年に国内重工系メーカーに出向し電力ビジネスを担当。2019年よりデジタルグリッド社に参画し、2019年8月23日に取締役に就任。

電力は「コスト」から「調達判断」へ

――電力市場はホテル・旅館経営にどのような影響を与えていますか。

近清
2016年の電力自由化以降、企業は電力会社を選べるようになりましたが、当初は価格競争が中心でした。転機となったのは2022年の燃料価格高騰です。市場価格が急変動し、供給側も需要側もリスク管理を迫られる状況となりました。現在は「電力会社に任せる」構造から、企業自らが調達方法を設計する段階に入っています。価格変動を前提に、どうリスクを分散するかが経営課題になりつつあります。当社は企業間で電力調達を設計できる「デジタルグリッドプラットフォーム(DGP)」を提供しています。固定価格と市場連動を組み合わせたり、再生可能エネルギーを選択したりと、調達の柔軟性を高める仕組みです。加えて再エネ取引や蓄電池事業も展開しています。

――DGPの特徴はどこにありますか。

近清
一定量を固定価格で確保し、残りを市場連動にすることで、安定性と経済性の両立を図れる点です。価格が急騰した場合でも影響を限定でき、逆に市場が落ち着いている局面ではコストメリットも取り込めます。これまで意識されにくかった「電力リスクをどう分解するか」という視点が、今後は宿泊業でも重要になると考えています。

「削減」から「設計」へ――現場の視点

――大谷社長はこれまでどのように電力と向き合ってこられましたか。

大谷
以前は使用量を減らすことが中心でしたが、それだけでは限界があります。電気料金には自助努力で変えられる部分と、制度的に固定されている部分があることを整理できたのは大きな変化でした。使用時間帯や契約形態で変動する部分と、再エネ賦課金などの固定要素を分けて考えることで、判断がしやすくなりました。DGPのサービスを雑誌の取材がきっかけで知ることになり、まず社内で検討を始めたのが出発点です。

――現在の契約形態について教えてください。

大谷
固定価格と市場連動を組み合わせたハイブリッド型です。旅館は24時間稼働で、温浴施設もあるため、価格変動をすべて受けるのは難しい。一方で全量固定にすると市場メリットを取り込みにくいです。その中間として設計しています。導入プロセスですが、担当営業である菱本氏とのオンラインでの打ち合わせから始まりました。契約判断前に詳細なシミュレーションを提示いただき、従来契約との比較ができたことで意思決定しやすかったです。また、導入後も市場動向や国際情勢を踏まえた情報共有があり、「今何が起きているのか」を把握しながら運用できています。正直、最初は難しさもありました。ただ、説明を受けながら理解を積み上げていく形だったので、不安より納得感の方が大きかったです。感覚としては、資産運用のアドバイザーに近い印象です。

――なぜ、伴走型支援を重視されるのですか。

近清
電力市場は国際情勢や制度変更の影響を強く受けます。そのため単なる供給ではなく、背景情報を含めて共有することを重視しています。具体的には、個別相談に加え、月次レポートやウェビナーを通じて、市場動向や燃料価格の変化などを提供しています。単に「安くなる」ではなく、判断材料を増やすことが目的です。また、営業・エンジニア・プロダクトが連携し、現場の声をもとに改善を続ける体制を整えています。

「中身が見える」ことで判断軸が変わる

――導入後の変化について教えてください。

大谷
最も大きかったのは、電気料金の内訳が可視化されたことです。従来は料金構造が複雑で、何がコスト上昇要因なのか把握しにくい状況でした。料金や市場要因、制度関連費用などが分解されて示されることで、「市場変動によるものか」「自社の使い方によるものか」を切り分けて判断できるようになりました。これは経営管理上、大きな変化です。

――コスト効果はどの程度でしたか。

大谷
導入1年で約2,500万円の改善効果がありました。想定以上の結果で、調達手法の違いがこれほど差を生むのかという実感がありました。

――価格変動への備えとしての効果は。

大谷
燃料価格や国際情勢の影響で電力価格は大きく変動しますが、固定価格部分を持つことで急激な上昇リスクを一定程度抑えられます。旅館業は食材費や人件費に加え、エネルギーコストの影響も大きいです。電力調達を経営課題として捉える重要性は以前より高まっています。

――運用面の変化はありますか。

大谷
初年度は調達面の効果が中心でしたが、今後は使用側の改善が重要になると感じています。LED化や空調・給湯設備の最適化に加え、稼働時間の調整など、エネルギーの“使い方”そのものを設計する段階に入っています。ピーク時間帯の抑制によって契約電力を下げられる余地もあり、運用改善の重要性は今後さらに高まると思います。

――宿泊業界への展開について。

近清
宿泊業は固定費比率が高く、電力はその中でも大きな割合を占めます。価格変動の影響を受けやすい一方で、改善余地も大きい領域です。当社では電力使用量や市場価格の動きを可視化し、「いつ使うとコストが高いのか」「どう運用すれば抑制できるのか」を示しています。電力価格は1日の中でも変動します。使用時間の最適化によって、追加的なコスト削減も可能です。当社では「エネルギーの民主化」を掲げています。従来は提示された価格を受け入れる構造でしたが、本来は企業ごとに最適な調達方法があるはずです。安定性を重視するか、再エネ比率を重視するか、市場活用を重視するか。選択肢を明確にし、意思決定できる環境を整えることが重要だと考えています。

HOTERES編集部

編集部

ホテル専門メディア『HOTERES』の編集チーム。創刊60年の専門誌「月刊HOTERES」と「HOTERES Digital」を横断し、経営、開発、投資、ブランド戦略、運営、食、人材といったテーマを軸に、取材および調査・分析を行っている。業界をリードする経営者やトップマネジメント、事業者・運営会社・投資主体への取材に加え、日本国内のホテル新規開業動向、ホテルチェーン一覧、売上高ランキングなどのデータ収集・整理を継続的に実施。マーケット・リサーチの視点も取り入れながら、ホテルを取り巻くビジネスの構造や意思決定の変化を多角的に提示している。