編集長コラム2

世界が燃えている夜に、日本のホテルはどこへ向かうのか

世界の不安定化が、ホテル産業の前提を変えようとしている。
ドバイのホテルが、開戦から48時間でキャンセル率60%に達した。1月には86%だった稼働率が、3月には22.8%まで崩落した。ラグジュアリーホテルが「緊急フラッシュセール」を打つという、これまで想像すらしなかった光景が現実になった。
2026年2月28日に始まった米国・イランの軍事衝突は、ホテル産業の脆弱性を世界に突きつけた。ホルムズ海峡が封鎖され、原油価格は開戦前から50%超急騰。ジェット燃料が跳ね上がり、3万7,000ルートの航空便が影響を受けた。湾岸地域の観光損失は1日6億ドルに達すると試算されている。
ホテルという産業は、平和と移動の自由の上に成り立っている。飛行機が予定通り飛び、人々が安心して国境を越え、旅先で非日常を楽しめる。その当たり前が揺らいだ瞬間、需要は簡単に変わる。予約は止まり、キャンセルが増え、価格戦略は崩れ、現場の稼働計画にも影響が出る。どれだけ素晴らしい施設であっても、世界情勢の不安定化から完全に自由ではいられない。

これは、日本にとっても対岸の火事ではない。

日本のホテル経営者の多くは、今この瞬間も「なぜ欧米インバウンドの伸びが鈍いのか」を肌で感じているはずだ。欧州発の長距離路線のコストが上昇すれば、旅行者の予算配分も変わる。燃料価格が上がれば、航空運賃にも影響が出る。世界情勢が不安定になれば、遠距離旅行そのものを見直す人も増える。

一方で、中東経由ルートが使いにくくなったことで、「代替目的地」として日本に流れてくる需要も確かに存在する。不安定な地域を避け、安全で清潔で、豊かな滞在体験を求める旅行者が日本に目を向ける可能性はある。リスクは需要を減らすだけではない。需要の流れを変える。

だからこそ、日本のホテルは今、世界の変化を自分ごととして捉えなければならない。

観光庁の最新データが示すことは明確だ。インバウンド旅行消費の最大費目は、もはや「買物代」ではなく「宿泊費」である。全体の36.7%、8,571億円が宿泊に使われている。「爆買い」という言葉が象徴した時代は終わった。旅行者は今、日本でしか買えないモノではなく、日本でしか過ごせない時間にお金を払っている。

まさにホテルにとって、大きな機会である。

日本のホテルには、安全、清潔、丁寧な接遇、食の豊かさ、四季、地域文化、温泉、都市の利便性といった多層的な価値がある。世界が不安定になるほど、「安心して滞在できる国」としての日本の価値は高まる可能性がある。しかし、その価値は黙っていても選ばれるものではない。誰に、何を、どのように届けるのか。その設計がなければ、機会は機会のまま通り過ぎていく。

これからのホテル経営に必要なのは、マーケットを分散して見る視点である。欧米、中国、東南アジア、中東、国内需要。それぞれの市場が、どのようなリスクと可能性を持っているのか。どこか一つの市場に過度に依存していないか。航空路線や為替、国際情勢が変わったとき、自館の需要構造はどの程度影響を受けるのか。感覚ではなく、データで見なければならない。

同時に、価格と価値の関係も見直す必要がある。需要が強い時期に単に価格を上げるだけでは、長く選ばれるホテルにはならない。世界情勢が不安定な時代には、お客さまは価格以上に「納得できる安心」を求める。なぜこのホテルを選ぶべきなのか。なぜこの地域に滞在する価値があるのか。そこを説明できるホテルが、これからの時代に強くなる。

創刊から今年で60年なのだが、HOTERESは日本の観光・ホテル・レストラン産業と共に歩んできた。バブル崩壊、リーマンショック、東日本大震災、コロナパンデミック。そのたびに業界は厳しい状況に直面しながらも、現場の努力と経営の工夫によって再生してきた。しかし、今回の変化は過去の危機とは少し性質が異なる。世界の不安定化が、観光の流れそのものを変えようとしているからだ。

我々メディアに求められているのは、単にニュースを伝えることではない。世界で起きていることを、特に日本のホテル経営に引き寄せて翻訳することだ。ドバイの稼働率低下を「大変だな」で終わらせず、自館の顧客構成、販売戦略、価格設計、需要分散に結びつけて考えるきっかけをつくること。それが、業界メディアの役割だと思う。

世界が燃えている夜に、次の夜明けを考えられるか。

不安定な時代に必要なのは、悲観ではない。変化を読み、自社の価値を磨き、選ばれる理由を設計する力である。日本のホテルは、世界の不安の受け皿になるだけでなく、安心と豊かさを提供する目的地として、さらに価値を高めることができるはずだ。

そのために必要なのは、世界を見る目と、自館を変える覚悟である。
ホテル経営者に問われているのは、まさにそこだ。

ホテレス編集長 義田

義田真平(Yoshida Shimpei)

義田真平(Yoshida Shimpei)

㈱オータパブリケイションズ 執行役員 月刊HOTERES編集長

兵庫県出身、阪神タイガースとともに育つ。ホテル等の現場経験から「答えは現場にある」を信念に、営業部長として収益改革を推進。現場起点の実務知と経営視点を融合し、利益と顧客体験の両立やF&B部門の収益化を提言する。現在は自治体連携やラグジュアリー領域など領域を越えて活動。現場を軸に、ホテル・観光業界の未来設計に挑む。