現代版「流れ板」── 年収1000万円のホテリエを生む働き方

ホテル新論/JOINTPOOL 第1回

「HOTERES DIGITAL」に、新連載「ホテル新論/JOINTPOOL」がスタートする。テーマは、変革期を迎えたホテル業界の新しい経営モデルと働き方だ。執筆を担当するのは、株式会社nariiz(ナリーズ)代表の吉成太一氏。採用か外部委託かという従来の二項対立を超え、専門人材をプロジェクト単位で活用する新たなアプローチを提示する。本連載では、ホテル経営の最前線で生まれている革新的な取り組みを掘り下げていく。今回は連載第1回目。現代版「流れ板」── 年収1000万円のホテリエを生む働き方である。

運営チームが入れ替わっただけで、経営数値も顧客満足度もみるみる改善していくホテルがあります。建物も立地も客室数も、何ひとつ変わっていないのにです。私はその光景を、この3年間で繰り返し見てきました。人が変わるだけで、最終的には不動産としての価値まで変わっていく。ホテルという事業の怖さであり、面白さでもあります。

ならば問題は単純です。必要な人を、必要なときに、必要な分だけ現場に入れられるか。 本連載でお伝えしたいことは、その一点に尽きます。

かつてこの国には「流れ板」がいた

ひとつの店に属さず、包丁一本で全国の料亭や旅館の板場を渡り歩いた板前たちがいました。流れ板です。

腕がすべて。結果を出せなければ次はない。だからこそ腕を磨き、その技を店から店へと運んでいきました。松江で覚えた仕事が金沢に伝わり、京都の技が東京の板場に持ち込まれる。移動する人材が、業界全体の技術の運び屋になっていたわけです。当時は「調理師紹介所」という橋渡しの機能まで存在しました。

その流れ板が、平成のあいだに静かに消えていきます。チェーン化で板場そのものが減り、雇用は通年・正社員が前提になり、渡り歩いて腕を磨くというキャリアが制度の外側に置かれていきました。ただ、その過程で失われたものがあります。特定の組織に属さないまま、専門性だけで食べていける道です。

ホテルにも、板場と同じ構造がある

施設側からいただくご相談は、集客が伸びない、現場を引っ張るリーダーがいない、人が足りず運営が回らない、経営や開発ができる人材がいない──だいたいこの4つに収まります。一見バラバラですが、掘っていくとすべて「人」に行き着きます。施策が足りないのではなく、その施策をやりきれる人が現場にいないのです。

打ち手はこれまで二択でした。正社員として通年雇用するか、実働のないコンサルティングを入れるか。前者は固定費が跳ね上がり、後者は分厚い提案書だけが支配人の机に残ります。

その空白を埋めるのがフリーランスホテリエです。すでにスキルを持ったプロが、必要な期間だけ現場に入り、実働してやりきる。 現代版の流れ板だと考えています。

年収1000万円のホテリエは、生めるのか

私がこの仕組みで実現したいのは、ホテリエの報酬水準そのものを変えることです。

一施設に勤める限り、報酬はその施設の給与テーブルに縛られます。どれだけ腕があっても、天井は組織側が決める。ホテル業界を志した優秀な人が、報酬を理由に他業界へ移っていく。この20年、私たちは何度この光景を見てきたでしょうか。

ですが、複数のプロジェクトを持てば構造が変わります。JOINTPOOLの実働支援は1件あたり月額20万円程度、稼働は週1日ほどが目安です。これを4〜5本並行させれば、月80万から100万円になります。年収1000万円は、特別な才能の話ではなく、単なる掛け算です。 実際にこの水準で動いているメンバーがいます。

しかもこれは、施設側の負担増を意味しません。専門家を年収600万円で採用すれば、社会保険料まで含めた固定費は700万円を超えます。その専門性が本当に必要なのは年間何ヶ月でしょうか。必要な期間だけプロが入る形なら、施設ごとのコストはむしろ下がります。プロの報酬は上がり、施設のコストは下がる。 一施設一雇用という前提を外した瞬間に、この両立が起こります。

なぜ「プール」なのか

もっとも、独立には孤立がつきまといます。案件が途切れる不安、単価の相場がわからない不安、相談相手がいない不安。流れ板たちも同じ心細さを抱えていたはずです。

プール(Pool)という名前にしたのは、一人ひとりが独立していながら、同じ水面でつながっていてほしいからです。 案件を分け合い、単価の基準を共有し、難しい現場には複数人で入る。ひとりで戦わせないための器として、この仕組みをつくりました。

腕のある人が、腕相応に稼げる。ホテル業界にその道をつくり直したいと思っています。

ただし、流れ板には当時どうしても解けなかった弱点がありました。名人が去ると、板場は元に戻る。 技は背中を見て盗むものであり、言語化されなかったからです。外から入ったプロが現場を離れた瞬間、成果まで一緒に出ていってしまう。私たちはそこにテクノロジーで答えを出そうとしています。その話はいずれ。

次回から、この働き方を選んだメンバーに登場してもらいます。なぜ組織を出たのか、何を失い、何を得たのか。率直に聞いていきます。

吉成太一(よしなり・たいち)/株式会社nariiz代表。2010年よりスモールラグジュアリーホテルを中心にホテル運営・開発に従事。総支配人在任中に40ヶ月連続売上増、年間離職率0%、国産ホテル初のミシュラン最高評価、国際ホテルアワード9賞(ベストGM賞含む)。2022年独立、3年間で50以上のホテルプロジェクトに参画。2026年6月、フリーランスホテリエと宿泊施設をつなぐ「JOINTPOOL」をローンチ。宿屋塾公認講師(吉成ゼミ)。

文・吉成 太一(株式会社nariiz代表)

JOINTPOOL

HOTERES編集部

編集部

ホテル専門メディア『HOTERES』の編集チーム。創刊60年の専門誌「月刊HOTERES」と「HOTERES Digital」を横断し、経営、開発、投資、ブランド戦略、運営、食、人材といったテーマを軸に、取材および調査・分析を行っている。業界をリードする経営者やトップマネジメント、事業者・運営会社・投資主体への取材に加え、日本国内のホテル新規開業動向、ホテルチェーン一覧、売上高ランキングなどのデータ収集・整理を継続的に実施。マーケット・リサーチの視点も取り入れながら、ホテルを取り巻くビジネスの構造や意思決定の変化を多角的に提示している。