編集長コラム1

食の安全を、ホテルの競争力に変えられるか

アレルギーの話

インバウンドの伸びとともに、ホテルの食の現場に求められるものは確実に変わってきた。料理のおいしさ、空間の美しさ、サービスの洗練度はもちろん重要だ。だが、それらと同じか、それ以上に問われるようになっているのが、「このホテルで安心して食事ができるか」という信頼である。

私はこのテーマを、業界の外から眺めているわけではない。私自身、アレルギーのある食材があり、これまでホテルでの食事のなかで、食材の混入によって苦しい思いをしたことがある。それも、決して信頼していない施設ではなく、むしろ愛着を持ち、信頼していたホテルにおいて、である。だからこそ、この問題を単なるオペレーションの課題として片づけることはできない。どれほど空間が美しく、サービスが行き届いていても、「安心して食べられないかもしれない」という不安は、そのホテル体験の根幹を揺るがしてしまう。

アレルギー対応は、かつては一部のゲストへの特別な配慮として扱われることもあった。しかし、いまやそれは違う。特定原材料への対応だけでなく、コンタミネーションへの感度、宗教や文化による食の制約、各国で異なる表示ルール、多言語での説明責任まで含めて、ホテルはこれまで以上にセンシティブな対応を求められている。特にインバウンドの比率が高まるほど、このテーマは「例外対応」では済まされなくなる。

ここで考えたいのは、アレルギー対応を誰の仕事として捉えるのか、という点である。現場の料理人が気を付けること。サービススタッフが聞き漏らさないこと。管理部門が確認すること。もちろん、どれも大事だ。だが、そのいずれかの善意や注意力に依存している限り、運用は不安定になる。忙しい時間帯、宴会や婚礼が重なる日、短期間で商品が入れ替わる季節商材、外販商品の対応。ホテルの現場は、そもそも人の頑張りだけで完全に回し切れるほど単純ではない。

実際、アレルギーを持つ側にとって怖いのは、あからさまな怠慢ではない。むしろ、「たぶん大丈夫だろう」「ここまでは問題ないはずだ」という善意の思い込みである。確認したつもり、伝えたつもり、理解しているつもり。その小さなズレが、食べる側にとっては大きなリスクになる。ホテルが築いてきた信頼やブランドは、こうした小さな綻びによって一気に揺らぎかねない。

だからこそ、これから必要なのは「注意喚起」ではなく「仕組み化」である。どの食材に何が含まれているのか。どこまでが対応可能で、どこから先はリスクが残るのか。調理、サービス、購買、管理が、同じ情報を同じ基準で見られる状態になっているか。誰が担当しても、一定水準で確認と説明ができる運用になっているか。問われているのは、まさにそこだ。

食の安全は、厨房の奥に閉じた話ではない。事故が起きれば、影響はレストラン部門にとどまらず、ホテル全体の信頼に及ぶ。逆に言えば、安心して利用できるという評価は、ホテルの価値そのものになる。お客さまが買っているのは料理そのものではなく、その料理を安心して楽しめる体験だ。アレルギー対応は、顧客価値そのものに直結しているということだ。

そして、もう一つ忘れてはならないのは、仕組み化は現場を縛るためのものではなく、現場を守るためのものであるということだ。確認作業ばかりが増え、帳票が煩雑になり、責任だけが現場に積み上がるようでは、安全は長続きしない。必要なのは、確認しやすい状態をつくることだ。必要な情報がすぐに見つかる。表記が統一されている。引き継ぎがしやすい。説明に迷わない。そうした整理が進んではじめて、料理人もサービススタッフも本来の仕事に集中できる。

これからのホテル業界に必要なのは、アレルギー対応を「できる範囲でやること」から、「経営として設計すること」へ引き上げる視点だろう。属人的な知識から標準化へ。部門対応から全館対応へ。国内基準だけの発想から、インバウンドを前提にした情報設計へ。DX ,AXの時代だ、システムを入れることも必要だろう。その転換が進むかどうかで、今後の信頼は大きく変わってくるはずだ。

私は、ホテルという場所が本来持っている力を信じている。人をもてなし、日常から解き放ち、記憶に残る時間をつくる力だ。だからこそ、その土台にあるべき「安心」は、もっと真剣に設計されなければならない。アレルギー対応は、付随業務でも、現場の気配りでもない。これからのホテルが選ばれるための、極めて本質的な競争力なのである。
ホテルの価値は、料理の美味だけでは決まらない。安心して口に運べる、その当たり前をどこまで本気で設計できるか。いま、問われているのはそこだ。

ホテレス編集長義田

義田真平(Yoshida Shimpei)

義田真平(Yoshida Shimpei)

㈱オータパブリケイションズ 執行役員 月刊HOTERES編集長

兵庫県出身、阪神タイガースとともに育つ。ホテル等の現場経験から「答えは現場にある」を信念に、営業部長として収益改革を推進。現場起点の実務知と経営視点を融合し、利益と顧客体験の両立やF&B部門の収益化を提言する。現在は自治体連携やラグジュアリー領域など領域を越えて活動。現場を軸に、ホテル・観光業界の未来設計に挑む。