編集長コラム4

人手不足なのか、人件費不足なのか

ホテル業界では、今日も「人が足りない」という声が聞こえてくる。

ミドルマネジメントが足りない。調理人が足りない。管理部門にも人がいない。新規開業が続く一方で、既存施設では採用が追いつかず、現場の負担は増え続けている。人手不足は、いまやホテル経営における最重要課題の一つである。
しかし、ここで一度立ち止まって考えたい。
本当に問題は「人手不足」だけなのだろうか。

働く人がいないのか。
それとも、ホテルで働き続けたいと思える条件を、業界が十分に提示できていないのか。
言い換えれば、これは人手不足ではなく、人件費不足の問題でもあるのではないか。
ホテル業界は長い間、「人が価値をつくる産業」だと言い続けてきた。お客さまを迎える笑顔、料理を仕上げる技術、客室を整える手、宴会を支える段取り、クレームに向き合う覚悟。ホテルの価値は、施設の豪華さだけで決まるものではない。最後は、人の力によって体験が完成する。

にもかかわらず、その人への投資は十分だっただろうか。

人は大事だと言いながら、人件費はできるだけ抑えるべきコストとして扱われてこなかったか。サービス品質を求めながら、教育に十分な時間を割けてきただろうか。高単価化を目指しながら、現場で価値を生み出す人の報酬は、それに見合うものになっているだろうか。

これは、きれいごとではない。経営の問題である。
私の知るあるホテル経営者は、料飲部門の責任者に対して、従来の業界感覚を超える報酬を提示する決断をした。私はその判断に、これからのホテル経営に必要な視点を見た。料飲部門を単なるコストセンターではなく、ホテル全体の価値を高める中核機能として捉えたからこその決断だった。人に高い水準の期待をするなら、それに見合う対価と責任を設計しなければならない。優秀な人材への報酬は、単なる人件費ではない。ホテルの価値をつくるための投資である。

もちろん、すべてのホテルがすぐに高い報酬を提示できるわけではない。地方旅館、中小規模のホテル、コロナ禍を経てなお財務体質の回復途上にある施設も多い。人件費を上げるべきだと言うだけなら簡単だ。しかし、それだけでは現実的な議論にならない。
だからこそ問われるのは、人件費を払える収益構造をつくれているか、である。

安売りに依存していないか。OTAへの依存度が高すぎないか。料飲や宴会を、単なる付帯収益として諦めていないか。地域体験や付加価値を価格に転嫁できているか。客室単価を上げるだけでなく、その価格に納得してもらえる体験を設計できているか。人に投資するためには、まず人に投資できるだけの事業構造が必要になる。

人件費は、単なるコストではない。
顧客体験をつくる原価である。

料理の質、サービスの質、清掃の質、現場の空気、チームの士気、若手の成長、リピーターの記憶。これらはすべて、人によって生まれる。人件費を抑えれば、短期的には利益が残るように見えるかもしれない。しかし、人に投資しないホテルは、目に見えないところから少しずつ価値を失っていく。
だからこそ逆に、人に投資するホテルは強い。

良い人材が集まり、育ち、定着する。現場に余裕が生まれ、お客さまへの向き合い方が変わる。商品力が上がり、顧客満足が高まり、結果として価格を上げる理由が生まれる。人件費を単なる支出として見るホテルと、価値創造への投資として見るホテルの差は、これからさらに大きくなるだろう。

ここで重要なのは、精神論に戻らないことである。
「現場にもっと頑張ってもらう」では解決しない。
「採用を強化する」だけでも足りない。
必要なのは、業務設計、価格設計、商品設計、組織設計をつなげて考えることだ。

人が足りないなら、まず不要な業務を減らす。紙の帳票、二重入力、属人的な引き継ぎ、意味の薄い会議、目的の曖昧な報告。こうした仕事を見直さずに、人だけを増やそうとしても、現場はまた疲弊する。DXやAIを入れる目的も、人を減らすことだけではない。人が本来向き合うべき仕事に集中できる環境をつくることにある。

ホテルの仕事は、人にしかできない価値が多い。だからこそ、人にしかできない仕事と、仕組みに任せるべき仕事を分けなければならない。接遇、料理、空間づくり、気づき、判断、関係構築。そこに人の力を集中させるために、管理業務や確認作業、単純作業はできるだけ軽くする。これもまた、人への投資である。
ホテル業界は今、価格を上げる局面にある。インバウンド需要、ラグジュアリー化、地域観光の高付加価値化。多くの施設が、より高い単価を目指している。ならば、その成長の果実は、現場で価値を生み出す人にも還元されるべきではないか。お客さまに高い料金をいただくなら、それにふさわしい品質を支える人材にも、相応の対価が必要である。

人手不足という言葉は便利である。
しかし、その言葉だけで本質を片づけてはいけない。
人がいないのではない。
人が働き続けたいと思える条件を、業界が十分に提示できていないのかもしれない。
これから問われるのは、採用力だけではない。
人に投資できる経営力である。

ホテルの価値をつくるのは、いつの時代も人である。
だからこそ、人件費を削る対象としてではなく、未来の価値をつくる原資として捉え直す必要がある。

人手不足なのか、人件費不足なのか。
その問いに向き合えるホテルから、次の時代の競争力は生まれていく。

ホテレス編集長 義田

義田真平(Yoshida Shimpei)

義田真平(Yoshida Shimpei)

㈱オータパブリケイションズ 執行役員 月刊HOTERES編集長

兵庫県出身、阪神タイガースとともに育つ。ホテル等の現場経験から「答えは現場にある」を信念に、営業部長として収益改革を推進。現場起点の実務知と経営視点を融合し、利益と顧客体験の両立やF&B部門の収益化を提言する。現在は自治体連携やラグジュアリー領域など領域を越えて活動。現場を軸に、ホテル・観光業界の未来設計に挑む。