ホテルを選ぶ主役が、AIにより少しずつ変わり始めている。
これまで旅行者は、検索サイトで目的地を調べ、OTAで価格や口コミを比較し、公式サイトを見て、最終的に予約してきた。もちろん、その流れはいまも続いている。しかし、生成AIの進化によって、ホテル予約の入口は大きく変わり始めている。旅行者自身が一つひとつ検索するのではなく、AIに条件を伝え、候補を出してもらい、比較し、場合によっては予約まで進める時代が近づいている。

これは単なる技術の話ではない。ホテルの流通構造そのものに関わる問題である。
象徴的なのが、Googleの動きだ。2026年5月、GoogleはUniversal Commerce Protocol、いわゆるUCPを通じ、ホテル予約分野におけるAgenticコマースへの拡張を発表した。これは、AIエージェントが旅行者に代わってホテルを探し、比較し、予約や決済までをよりシームレスに進めていく世界が、いよいよ現実のものになり始めたということだ
Googleは「OTAになるつもりはない」と説明している。だが、ここで重要なのは、GoogleがOTAになるかどうかではない。旅行者の行動様式が根本から変わるという点である。検索して、比較して、クリックして、予約する時代から、AIに希望を伝え、候補を提示され、そのまま予約へ進む時代へ。ホテルの予約導線は、静かに、しかし確実に変わり始めている。
これまで多くのホテルは、OTAに高い手数料を支払いながら集客を行なってきた。OTAは重要な販売チャネルであり、今後も必要である。しかし、AIが旅行者とホテルの間に入り込む時代には、「どこに掲載されているか」だけでなく、「AIにどう理解されているか」が問われるようになる。
たとえば、旅行者がAIにこう聞く。
「東京で子連れにおすすめのホテルはどこか」
「京都で記念日に泊まるべき宿を教えてほしい」
「日本で食の体験が優れたラグジュアリーホテルはどこか」
「アレルギー対応に安心感のあるホテルを探している」
そのとき、自館の名前は候補に入るだろうか。
入るとすれば、どのような理由で推薦されるのか。
入らないとすれば、何が足りないのか。
これからのホテル経営者は、この問いから逃げてはいけない。
これまでのSEOは、検索エンジンに見つけてもらうための取り組みだった。しかし生成AI時代には、それだけでは足りない。AIに正しく理解され、文脈の中で推薦されるための情報設計が必要になる。いわゆるGEO、生成エンジン最適化の発想である。これは流行語ではない。ホテルの販売戦略に直結する新しい経営課題である。
では、AIに選ばれるホテルとは何か。
それは、単に知名度が高いホテルではない。価格が安いホテルでもない。AIが理解できる形で、自館の価値が整理され、公開され、評価されているホテルである。公式サイトに必要な情報があるか。多言語で説明されているか。写真や客室情報は正確か。レストラン、アクセス、周辺体験、アレルギー対応、子供連れ対応、記念日利用、長期滞在、ワーケーションなど、自館の強みが具体的な言葉で示されているか。
「上質な滞在」「心を込めたおもてなし」「非日常の時間」。こうした表現は美しいが、それだけではAIにも旅行者にも伝わりにくい。何が上質なのか。どのようなお客さまに向いているのか。どの場面で選ばれるホテルなのか。そこまで言語化してはじめて、価値は届く。
特に日本のホテルは、良いものを持ちながら、それを言葉にすることが苦手な施設が多い。料理人の技術、サービススタッフの気遣い、地域との関係、清掃の丁寧さ、安心感、細やかな配慮。現場には確かな価値がある。しかし、それが公式サイトや外部情報に十分に表現されていなければ、AIは理解できない。理解できない価値は、推薦されない。
これは、直販戦略にも直結する。
AI時代の直販とは、単に公式サイトの予約ボタンを目立たせることではない。ホテルの価値を、旅行者にもAIにも伝わる形で再設計することである。自館の魅力が整理され、予約前の不安が解消され、比較されたときに選ばれる理由が明確になっていること。その積み重ねが、OTA依存からの脱却につながっていく。
もちろん、すべてのホテルがすぐに高度なAI対策を行なう必要はない。しかし、少なくとも経営者は、自館がAI上でどのように見えているのかを確認するべきだ。ChatGPTやGeminiに、自館のある地域名と利用目的を入れて質問してみる。自館名を入れて、どのような特徴が返ってくるかを確認する。競合ホテルと比較させてみる。それだけでも、多くの発見があるはずだ。
知らないことは罪ではない。
しかし、知ろうとしない姿勢は、これからの経営リスクになり得る。
ホテル業界は、これまでOTA、口コミサイト、SNS、メタサーチと、いくつもの流通変化に向き合ってきた。そのたびに、早く対応したホテルと、後から追いかけたホテルの間には差が生まれた。AI予約の時代も同じである。いや、今回はその差がより大きくなる可能性がある。なぜなら、AIは単なる販売チャネルではなく、旅行者の意思決定そのものに関わるからだ。
AIがホテルを選ぶ時代に、あなたのホテルは推薦されるか。
この問いは、マーケティング部門だけの課題ではない。経営、宿泊、料飲、広報、予約、現場が一体となって考えるべきテーマである。自館の価値を整理し、言葉にし、情報として整え、予約導線に結びつける。そこまで行なってはじめて、AI時代の直販は現実になる。
日本のホテルには、世界に誇れる価値がある。
しかし、価値は伝わらなければ、存在しないのと同じである。
これから問われるのは、良いホテルであることだけではない。
良いホテルである理由を、誰にでも、そしてAIにも正しく伝えられるかである。
AIがホテルを選ぶ時代に、あなたのホテルは推薦されるか。
その問いは、すでに始まっている。
ホテレス編集長 義田