編集長コラム10

#編集長コラム10 ホテルの顧客は誰のもの?

世界のホテル産業において、会員組織の存在感がかつてないほど大きくなっている。

2026年第1四半期末時点で、マリオット・ボンヴォイの会員数は約2億8,300万人。ヒルトン・オナーズは2億5,000万人を超え、IHG One Rewardsは1億6,000万人超、ALL Accorも2025年に1億人へ到達した。

四つの会員組織を合わせれば、約7億9,300万人である。複数のプログラムに加入する旅行者も多いため、単純に実人数として比較することはできない。それでも、会員組織がホテル経営に与える影響の大きさは明らかだ。

単独のホテルでは接点を持つことが難しい世界中の旅行者に、自館を知ってもらえる。ブランドへの信頼が予約の不安を減らし、会員特典が再訪を促す。予約システム、グローバルセールス、顧客データ、クレジットカードや航空会社との連携も、オーナーに大きな恩恵をもたらす。

だからこそ、多くのホテルオーナーが国際ブランドを選んできた。

しかし、その力が大きくなるほど、見過ごしてはならない問いがある。

ホテルの顧客は、いったい誰のものなのか。

米国では、マリオット系列のホテルオーナーが、ボンヴォイのポイント宿泊に対する精算制度や情報開示の見直しを求めている。会員組織が送客に貢献していることを認めながらも、ポイント宿泊や会員特典を実際に提供するホテル側の負担と、本部が得る利益の配分に疑問を呈しているのである。

会員に客室を提供するのはホテルである。
アップグレードやレイトチェックアウトに対応するのもホテルである。
朝食やラウンジ、特別な要望に向き合うのも現場のスタッフである。

一方で、お客さまが関係を感じている相手は、ホテルそのものではなく、ブランドや会員プログラムであることが増えている。

予約の入口をブランドが握り、顧客データをブランドが管理し、再訪の理由をポイントやステータスがつくる。建物を所有するのはオーナーであり、お客さまを迎えるのは現場だが、顧客との関係を最も強く持つのはブランド本部という構図である。

ここまで来ると、どちらがオーナーなのか分からなくなる瞬間さえある。

もちろん、巨大な会員組織を築き上げたブランドの実力は、正当に評価されるべきだ。長い時間をかけて顧客の信頼を集め、予約網とポイント経済圏を構築してきた。それは簡単に模倣できるものではない。

問題は、そのブランドの実力を、ホテル自身の実力と取り違えていないかということである。

開業直後から予約が入り、高い稼働率を確保できた。会員が泊まり、客室単価も上がった。それは、自館のサービスや商品が評価された結果なのか。それとも、ブランド名とポイントを目的に選ばれただけなのか。

この二つを混同すると危険である。
ブランドを外したとき、そのホテルには何が残るのか。
ポイントやステータスがなくても、もう一度泊まりたいと思っていただけるのか。
ブランドの予約網がなくても、地域やお客さまと直接つながれるのか。
そのホテルでなければならない理由を、自分たちの言葉で説明できるのか。

ブランドが強ければ強いほど、この問いは見えにくくなる。

会員数、予約比率、稼働率が好調であれば、自館の弱点に気づきにくい。しかし、ブランドから生まれる需要は、契約条件、会員制度、送客方針が変われば大きな影響を受ける。ロイヤルティーフィーやシステム費、マーケティング費、ブランド基準への対応費が増えても、依存度が高ければ簡単には離れられない。

借りている競争力を、自分たちの競争力だと思い込むことほど危ういものはない。

これは、国際ブランドを否定する話ではない。
ブランドの力を生かしながら、自館の力も育てるべきだという話である。

ブランドから送られてきたお客さまを、単なる会員番号として扱うのではなく、そのホテルのファンに変えられるか。地域、食、スタッフ、空間、サービスを通じて、ブランドを超えた記憶を残せるか。次回はポイントではなく、そのホテルを目的に戻ってきていただけるか。

そこに、オーナーと運営会社の本当の実力が表れる。

ブランド基準を守ることと、ホテルの主体性を失うことは違う。
ブランドの顧客を迎えることと、自ら顧客を理解しなくなることも違う。

ブランド本部の会員基盤、オーナーの資本、現場の運営力。この三つが組み合わさって、初めてホテルの価値は生まれる。だからこそ、会員組織が生む利益と負担には、透明性と公平性が必要である。

そしてオーナー側にも、ブランド依存から目をそらさない覚悟が求められる。

集客をブランドに任せ、商品開発をブランドに任せ、顧客理解までブランドに任せたとき、オーナーに残るのは、建物と運営コストだけになりかねない。

誰がホテルの顧客を所有しているのか。

本来、顧客は誰かに所有される存在ではない。
お客さまは、最も価値を感じた場所を自ら選ぶ。

だからこそホテルは、ブランドの力を借りながらも、自ら選ばれる力を磨かなければならない。

ブランドの看板があるから選ばれるホテルから、
そのホテルだから選ばれるホテルへ。

その違いに向き合うことが、これからのホテルオーナーに求められる経営責任である。

ホテレス編集長 義田

義田真平(Yoshida Shimpei)

義田真平(Yoshida Shimpei)

㈱オータパブリケイションズ 執行役員 月刊HOTERES編集長

兵庫県出身、阪神タイガースとともに育つ。ホテル等の現場経験から「答えは現場にある」を信念に、営業部長として収益改革を推進。現場起点の実務知と経営視点を融合し、利益と顧客体験の両立やF&B部門の収益化を提言する。現在は自治体連携やラグジュアリー領域など領域を越えて活動。現場を軸に、ホテル・観光業界の未来設計に挑む。