編集長コラム20

#編集長コラム20 お客さまはいる。 お金を使う理由がないだけ。 ホテルと観光地に問われる、「消費したくなる理由」のつくり方

「観光客は来ている。でも、お金を使ってくれない」
「日帰り客ばかりで、地域にお金が落ちない」
地方の観光地を訪れると、そんな声を耳にすることがある。
確かに、人口減少や物価高、人件費の上昇など、観光産業を取り巻く経営環境は厳しい。
しかし私は、こうした話を聞くたびに一つの疑問を持つ。

本当に、お客さまの財布のひもが固くなったことだけが原因なのだろうか。
そもそも私たちは、お客さまが「お金を使いたい」と思えるものを、どれだけ用意できているのだろうか。

かつて大手スーパーについて、「何でもあるけれど、欲しいものがない」といった趣旨の批判があった。これは今の一部の観光地にも当てはまるように思う。

土産物店に入ってみる。
どこかで見たような商品が並んでいる。
お腹が空いて店を探してみる。
せっかくここまで来たのだから、その土地でしか味わえないものを食べたい。しかし、それを気軽に楽しめる店がなかなか見つからない。

目の前には美しい海がある。
雄大な山がある。
夕方になれば、息をのむような夕日が沈んでいく。

ところが、その景色をゆっくり眺めながらコーヒーを飲める場所がない。
少し良いワインを飲みながら夕日を楽しめるテラスもない。

景色はある。
お客さまもいる。
しかし、お金を使う理由がない。
これでは、観光客だけを責めることはできない。
「絶景」があるだけでは、商品にはならない。

なぜ、これほど素晴らしい地域資源があるのに、生かされないのか。
理由の一つは、地元の人にとって、その景色が「日常」になっているからではないだろうか。

毎日見ている海。
毎日見ている山。
毎日食べている魚や野菜。
毎年行なわれる祭り。

地元では当たり前でも、外から来た人にとっては、それ自体が旅をする理由になり得る。
しかし、資源が存在することと、商品になっていることは違う。

美しい海があることは「資産」である。
その海を眺めながら朝食を楽しめるテラスをつくる。
地元の魚を最高の状態で提供するレストランをつくる。
夕日の時間に合わせてカクテルを提供する。
漁師と海へ出る体験をつくる。

そこで初めて、資産は「価値」へ変わる。
私は観光における消費を、単純化すればこう考えられると思う。
観光消費額 = 客数 × 滞在時間 × 消費機会 × 支払意思
観光政策では、とかく「何人来たか」に注目が集まりやすい。
しかし客数は、この式の一つにすぎない。

100万人が来ても、二時間滞在して帰ってしまえば地域への経済効果は限定的である。
一方で、10万人でも、一泊して、食事をして、買い物をして、アクティビティーを楽しんでもらえれば、地域に残る価値は大きく変わる。

だから本来考えるべきなのは、
「どうすればもっと人を呼べるか」だけではない。
「来てくれた人に、私たちは何を用意できているのか」なのである。

ホテルも同じではないか
これは観光地だけの話ではない。
ホテルにも、まったく同じことが言える。

宿泊客はいる。
しかし、レストランを使ってもらえない。
バーにも来てもらえない。
スパも利用されない。
ショップでも買ってもらえない。

そして最後に、
「最近のお客さまは館内でお金を使わなくなった」と言う。

果たして、本当にそうだろうか。

館内レストランに、そのホテルで食べる理由はあるだろうか。
バーに、その店で一杯飲みたくなる理由はあるだろうか。
ショップに、旅の思い出として持ち帰りたくなる商品はあるだろうか。
スパに、そのホテルに泊まったからこそ体験したくなるプログラムはあるだろうか。

「施設があります」だけでは、もう弱い。
レストランがあることと、そこで食べたいことは違う。
バーがあることと、そこで飲みたいことも違う。
スパがあることと、そこで時間を使いたいことも違う。

ホテル側が「売りたい商品」と、お客さまが「買いたい体験」は同じではないのである。
朝食一つでも、宿泊理由はつくれる。
私はホテルを訪れるたびに、朝食をよく見る。
地方のホテルには、目の前に素晴らしい食材がある。
農家がいる。
漁港がある。
酒蔵がある。
伝統的な郷土料理がある。
にもかかわらず、朝食会場へ行くと、全国どこでも食べられるような料理が並んでいることがある。

これは非常にもったいない。
逆に、朝食そのものが宿泊目的になるホテルもある。
「あの朝食をもう一度食べたい」
それだけで再訪する理由になる。

考えてみれば、ホテルの商品開発とは本来こういうものではないだろうか。
豪華な施設を新しくつくらなくてもいい。
その土地にすでにあるものを、お客さまの目線から編集し直す。
そこにホテルの腕がある。

「顧客の創造」とは、来場者数を増やすことではない
ドラッカーは、企業の目的を「顧客の創造」とした。
私は、この言葉を観光産業こそ改めて考えるべきだと思う。
観光客を一人増やすことと、顧客を一人つくることは違う。

一度来て、写真を撮って帰る人。
「またここへ来たい」と思って帰る人。
この二人は、同じ一人ではない。

さらに言えば、
「次はここに泊まりたい」
「今度は家族を連れてきたい」
「あの商品をもう一度買いたい」
「あの店の人に会いたい」
と思ってもらえれば、LTVは大きく変わる。

だから地域に必要なのは、「観光客数最大化」だけではなく、「顧客化」なのである。
外から来た人の方が、価値に気付くことがある
地方を歩いていると、とても面白い現象に出会う。
地元の人が長年見過ごしてきた場所に、外から来た人が店をつくる。
すると、その一軒だけに人が集まる。

なぜなのか。
東京の人だから優れている、という話ではない。
外から来たからこそ、
「この景色はすごい」
「この魚は価値がある」
「この建物は面白い」
と気付ける。

これはマーケティングにおける「顧客視点」そのものだ。
提供者の当たり前と、顧客の価値は一致しない。
だから、地域には外部の視点が必要だ。

ホテルにも、若いスタッフや海外のお客さま、異業種の人の視点が必要だと思う。
「昔からこうだから」ではなく、
「初めてここへ来た人には、どう見えるのか」を考え続けなければならない。
「客が悪い」で終わらせない

東京には圧倒的な客数がある。
しかし、その分だけ競争も激しい。

レストランもホテルも小売店も、選択肢はいくらでもある。
価値を感じてもらえなければ、選ばれない。
地方だから厳しい。
東京だから恵まれている。
私は、それほど単純な話ではないと思う。

どこにいても、商売の原点は変わらない。
わざわざ来てくださったことへの感謝。
何を求めているのかを考えること。
期待を少し超える工夫をすること。

そして、
「また来たい」
と思ってもらうこと。

お客さまがお金を使ってくれないと嘆く前に、私たちは一度、自分たちの商品をお客さまの目線から見直した方がいい。

買いたい土産はあるか。
食べたい料理はあるか。
座りたい場所はあるか。
泊まりたいホテルはあるか。
もう一泊したくなる理由はあるか。
そして、もう一度帰ってきたくなる人がいるか。

お客さまはいる。
お金を使う理由がないだけ。

少し厳しい言葉かもしれない。
しかし、私はこの言葉を、お客さまへの批判ではなく、私たちホテル・観光産業側への問いとして使いたい。

景色があるだけでは、価値にはならない。
ホテルがあるだけでも、価値にはならない。
価値とは、その土地にすでに存在する魅力を見つけ、それを人が「体験したい」「買いたい」「また来たい」と思える形に変えることで生まれる。

客数を追い掛けるだけの観光から、顧客をつくる観光へ。
そして、「来てもらう」ことから、「過ごしてもらう」「使ってもらう」「帰ってきてもらう」ことへ。

日本の観光産業が次に伸ばすべきものは、観光客の数だけではない。
一人のお客さまが、その土地で過ごす時間と、その時間の中で感じる価値なのだと思う。

HOTERES編集長 義田

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