編集長コラム22

#編集長コラム22 笑っていたのは、ロボットだけだった。 人手不足のホテルで問われる、「人にしかできない仕事」とは何か

先日、とあるリゾートホテルを訪れた。
滞在を終えて、今でも妙に記憶に残っている光景がある。
レストランで食事を終えた子供たちが最後に笑顔で手を振っていた。

その相手は、ホテルのスタッフではなかった。
レストランで下げ物を運んでいたロボットだった。

今では、こうした光景自体は珍しくない。ファミリーレストランへ行けば、猫のような耳を付け、顔に見立てたサイネージにさまざまな表情を浮かべながら店内を行き交う配膳ロボットが活躍している。料理が届けば、お客さま自身がロボットから皿を取る。そんな光景にも、私たちはすっかり慣れた。

ホテルにロボットが導入されることも、今や珍しいことではない。
私は、それが悪いとはまったく思わない。
人手不足が深刻化する中、料理を運ぶことや下げ物を回収するといった作業をテクノロジーに任せることは、むしろ積極的に進めるべきだと思っている。

今回、私が気になったのはロボットではない。
その横で働いていた「人」の方だった。
挨拶がない。
笑顔がない。
目が合わない。
研修生の札を付けた若いスタッフも多く、皆、目の前の業務をこなすことで精いっぱいに見えた。

一方、下げ物を運ぶロボットのサイネージには目が映し出され、ときには笑顔のような表情を見せる。
少し皮肉な言い方になるが、滞在中、最もお客さまに愛嬌を振りまいていたのは、そのロボットだった。

だからこそ、もったいないと思った。
料理に使われている食材は素晴らしい。
自然環境にも恵まれている。
施設にも相応の資金が投じられていることが伝わってくる。
リゾートとしての素材は、十分にそろっている。
しかし、それらが一つの「体験」になっていない。

料理は運ばれてくる。
皿は下げられる。
必要な業務は行なわれている。
けれども、そこにいる人から「あなたに良い時間を過ごしてほしい」という意思が、なかなか伝わってこない。

結果として、サービスが流れ作業のように感じられてしまう。
ホテルにおける感動とは、必ずしも大げさなサプライズではない。

廊下ですれ違ったときの「こんにちは」。
子供への笑顔。
レストランで目が合ったときの自然な会釈。
少し困っているお客さまへの「何かお手伝いしましょうか」。
そうした小さな接点の積み重ねが、「このホテルに来て良かった」という感情をつくっていく。

建物がどれだけ立派でも、食材がどれだけ良くても、それだけではホテルの体験は完成しない。
最後に価値へ変えるのは、人とオペレーションなのである。

今回の滞在で、もう一つ考えさせられた。
研修生の札を付けた若いスタッフたちのことだ。
慣れない環境で余裕がないのだろう。
目の前の作業を覚え、間違えないようにこなすだけでも大変なはずだ。
だから私は、彼ら彼女らを責めたいとはまったく思わない。

むしろ気になったのは、その周囲にいる、この仕事に慣れたはずの人たちだった。
お客さまと目を合わせること。
すれ違えば挨拶をすること。
子供がいれば笑い掛けること。
困っている人がいれば一歩近づいて声を掛けること。
ホテルで働くうえで大切なことを、若いスタッフたちに誰が伝えているのだろうか。

そして、先輩たちはどんな背中を見せているのだろうか。
「忙しいから仕方がない」
「人が足りないから仕方がない」
「研修生だから仕方がない」
それで終わらせてしまえば、そのホテルのサービスはそこで止まる。

若いスタッフは、マニュアルだけを読んでホテルマンになるわけではない。
周囲の先輩がお客さまにどう接しているのかを見て、この仕事を覚えていく。
だから、若いスタッフがお客さまを見ていないのであれば、若者だけの問題にしてはいけない。

その職場で、どんなサービスが当たり前とされているのか。
そこを問う必要がある。
ここで問われるのは、単に一人ひとりの接客技術ではない。
ホテルの運営を担うオペレーターの役割ではないだろうか。
立派な施設をつくることと、その施設に命を吹き込むことは別である。
どれほど多額の資金を投じ、美しい客室やレストランをつくり、素晴らしい食材をそろえても、それらをお客さまの「体験」へ変えるのは日々のオペレーションだ。

誰を採用するのか。
どう教育するのか。
どのように現場へ人を配置するのか。
何をサービスの基準とするのか。
現場のスタッフに、どれだけお客さまを見る余裕を持たせるのか。
そして、先輩たちは若いスタッフにどんな背中を見せるのか。
そこには、オペレーターとしての思想が表れる。

私は今回、立派なハードウエアと、それに対して不釣り合いとも感じられるソフト面の弱さを目の当たりにして、少し怖くなった。
なぜなら、サービス品質の低下は、やがて「誰に選ばれるホテルなのか」まで変えてしまう可能性があるからだ。
高い対価を払ってでも上質な滞在を求めるお客さまほど、サービスのわずかな変化に敏感だ。
そして、その人たちは必ずしもクレームを言ってくれるとは限らない。
何も言わず、次から別のホテルを選ぶ。
その空いた需要を価格訴求などによって埋め続ければ、いつの間にか、その施設が本来想定していた客層と、実際に訪れる客層との間にずれが生まれていくことも考えられる。
怖いのは、それが一日で起きるわけではないことだ。
少しずつ変わっていく。

だからこそ、毎日そこで働いている人ほど気付きにくい。
「今日も満室だった」
「レストランも埋まっている」
「お客さまは来ている」

数字だけを見れば、問題がないように見えるかもしれない。
しかし、本当に見るべきなのは、何人来たかだけではない。
「誰に選ばれているのか」である。

そして、そのお客さまはなぜこのホテルを選び、滞在後に何を感じ、もう一度戻ってきたいと思っているのか。
オペレーターには、そこまで見てほしいと思う。

日本のホテル産業が人手不足に直面していることは、誰もが知っている。
だから、ロボットを使えばいい。
AIも使えばいい。
セルフチェックインを導入してもいい。
お客さま自身に行なってもらえることは、セルフサービスにしてもいい。
人がやらなくてもいい作業は、これからもっとテクノロジーに任せればいいと私は思う。

ただし、その目的を間違えてはいけない。

単純に人を減らすためではない。
人を、「人にしかできない仕事」へ戻すためである。
ロボットが人の仕事を奪っているのではない。
ロボットに作業を任せられるようになった今、人間はもっと人間にしかできない仕事をすべきなのではないか。

皿を下げる。
料理を運ぶ。
情報を検索する。
予約を処理する。
そうした仕事の一部は、これからますます機械が担うようになる。

だからこそ、人はお客さまを見る。
目を合わせる。
笑い掛ける。
子供に声を掛ける。
その土地の魅力を自分の言葉で伝える。
困っていることに気付く。
「楽しかったですか」と尋ねる。
そして帰るときには、「また来てください」と手を振る。

省人化と、無関心は違う。
むしろテクノロジーによって作業から解放されるほど、人はお客さまに関心を向けられるはずなのだ。
そして私は、研修生の札を付けた若いスタッフたちにこそ、このホテル業界の面白さを知ってほしいと思っている。

ホテルという仕事は、料理を運ぶ仕事でも、チェックインを処理する仕事でも、部屋を売る仕事でもない。
目の前の人が過ごす時間を、少し豊かにする仕事だ。
自分の一言で、お客さまが笑ってくれる。
自分が気付いたことで、誰かの困り事がなくなる。
自分がお薦めした場所へ行ったお客さまが、「良かったよ」と帰ってきてくれる。
自分のサービスが、誰かの誕生日や記念日、家族旅行の思い出の一部になる。
こんなに人間らしく、面白い仕事はなかなかない。
その面白さを、先輩たちが若いスタッフに伝えてほしい。

いつか彼ら彼女らが研修生の札を外し、今度は後輩に「ホテルで働くって面白いよ」と伝える側になってくれたら、これほどうれしいことはない。
私は、研修生の札を付けた若い子たちが、この素晴らしい業界で長く活躍してくれることを心から願っている。

だからこそ、私たち先にこの業界にいる人間には、彼らに見せなければならない背中がある。

滞在の最後。
子供たちは笑顔で手を振っていた。
その相手は、人ではなかった。
あの下げ物を運んでいたロボットだった。

子供たちは正直だ。
自分たちに愛嬌を振りまいてくれた存在に、自然と手を振ったのだろう。
皿を下げるのは、ロボットでいい。
料理を運ぶのも、ロボットでいいかもしれない。
しかし、目を合わせること。
笑い掛けること。
人を育てること。
そして、「また来てください」と心を込めて送り出すこと。
そこまでロボットに任せてしまったら、ホテルに人がいる意味はどこにあるのだろうか。
ホテルが提供しているのは、客室でも料理でもない。
人が人を思い、その時間を少しでも豊かなものにしようとする「ホスピタリティー」そのものだ。

だから私は、AIもロボットも歓迎したい。
その代わり、人にはもっと人らしい仕事をしてほしい。

子供たちが最後に手を振りたくなる相手は、ロボットではなく、人であってほしい。
それが、これからのホテルに最も求められる価値なのだと、私は信じている。

HOTERES編集長 義田真平

(過去のコラムは下記のプロフィールをクリックしてください)