編集長コラム19

#編集長コラム19 日本一のホテルは、誰が決めるのか。 星、口コミ、アワード、そしてお客さま――「評価されるホテル」と「選ばれ続けるホテル」

「日本一のホテルはどこですか?」
時々そんなことを聞かれる。

実は、この質問に私はいつもうまく答えられない。
世界的なアワードで高く評価されたホテルなのか。
フォーブス・トラベルガイドで星を獲得したホテルなのか。
ミシュランキーなのか。
GoogleやOTAで高評価を集めるホテルなのか。
ADRやRevPARが高いホテルなのか。
あるいは、何十年にもわたってお客さまが帰ってくるホテルなのか。

そもそも、まったく異なるホテルを一つの物差しで比べることに意味があるのだろうか。
東京のラグジュアリーホテルと、地方の温泉旅館。
100万円を超えるスイートルームと、毎年家族で帰ってくる思い出のホテル。
世界的なシェフの料理を提供するホテルと、朝食会場でスタッフが「今年もお帰りなさい」と声を掛けてくれるホテル。

どちらが「上」なのか。
私は決められない。

そして、決める必要もないのではないかと思っている。

世界基準を目指すことに意味はある
一方で、私はホテルの格付けやアワードを否定したいわけではない。
むしろ、第三者の物差しで自分たちを測ることには大きな意味があると思っている。

先週取材でも興味深い話を聞いた。
同ホテルは2030年までにフォーブス・トラベルガイドの4スター獲得を目指しているという。
しかし、私が印象に残ったのは「星を取りたい」という話そのものではなかった。
その先にある、「世界基準で選ばれるホテルになりたい」という意思だった。

ここには大きな違いがある。
星を取るためにホテルを変えるのか。
より良いホテルへ進化するために、世界基準という物差しを使うのか。
私は後者であるべきだと思う。

長く国内のお客さまと向き合い、日本ならではのサービスを磨いてきたホテルが、自らの良さを失うことなく、世界の物差しでも評価されるホテルへ進化しようとしている。
その挑戦には大きな意味がある。

インバウンド市場が拡大し、世界のホテルブランドが日本への進出を続ける中、これから問われるのは「日本では知られているホテル」から、「世界から選ばれるホテル」へ進化できるかどうかだからだ。

だから星は必要ない、とは思わない。
アワードも必要ない、とは思わない。
第三者評価は、自分たちだけでは気付けない弱点を知り、世界との距離を測るための「鏡」になる。

問題は、いつの間にか「鏡にどう映るか」が目的になってしまうことだ。
「評価される」と「選ばれる」は違う。

ホテル経営を考える上で、ここには重要な違いがあると思う。
「評価されるホテル」と「選ばれ続けるホテル」は、必ずしも同じではない。

評価には基準がある。
施設。
サービス。
清潔さ。
料理。
客室。
オペレーション。

さまざまな項目を一定の基準で測ることができる。
しかし、人がホテルを好きになる理由は、それほど合理的ではない。
初めて家族旅行をしたホテルだから。
プロポーズをしたレストランがあるから。
子供の頃から両親と通っているから。
いつも同じバーテンダーが迎えてくれるから。
名前を覚えてくれているから。
あるいは、なぜか分からないけれど「ここに帰ってきたくなる」から。
こうした感情は、評価シートではなかなか点数にできない。
しかし、ホテルにとって極めて大きな資産である。

以前このコラムで、リピーターやLTVについて書いた。
一回だけ100万円を使ってくれるお客さまと、何十年もホテルへ通い続けてくれるお客さま。
ホテル経営として考えるなら、本当に大切にしなければならないのはどちらなのだろうか。

もちろん単純な二者択一ではない。
ただ、ホテルの価値を考えるとき、「今回いくら使ってくれたか」だけではなく、「これから何度帰ってきてくれるか」という時間軸を持つ必要がある。

「一番」を目指さない競争戦略
ここで思い出すのが、マイケル・ポーターの競争戦略である。
競争戦略とは、すべての競争相手に勝って「一番」になることではない。
他社とは異なる価値を選び、その価値を生み出す活動を一貫して組み立てることである。
私はホテルにも同じことが言えると思う。

ホテルの競争優位を、あえて単純化すれば、
競争優位 = 独自の価値 × 一貫性なのではないか。

すべてのお客さまから100点をもらう必要はない。
すべてのランキングで一位になる必要もない。

むしろ重要なのは、
「私たちは、誰にとって一番のホテルになりたいのか」を決めることだ。

ビジネスパーソンにとって一番使いやすいホテル。
三世代で帰ってきたくなるホテル。
世界の富裕層が日本文化に触れられるホテル。
地域の人が誇りに思うホテル。
食を目的に旅をしたくなるホテル。
スタッフが長く働きたいと思えるホテル。
それぞれ違っていい。
むしろ、違わなければならない。

ポーターは競争戦略において、「何をしないか」を選ぶ重要性を説いている。
ホテルにも、もっとこの発想が必要ではないだろうか。
誰からも愛されようとすれば、結局「誰のためのホテルなのか」が見えなくなる。
では、私たちメディアは何を見るのか

そして、この原稿を書きながら、自分自身にも問いが返ってきた。
私たち業界メディアは、ホテルの何を評価しているのだろうか。

新しいホテルが開業すれば取材する。
世界的なブランドが日本へ進出すればニュースにする。
豪華な客室ができれば紹介する。
著名なシェフが来日すれば記事にする。
もちろん、それらを伝えることは私たちの重要な仕事である。
しかし、それだけで本当にホテル産業の価値を伝えられているのだろうか。

従業員が幸せに働いているホテル。
若い人材が育っているホテル。
きちんと利益を残しているホテル。
地域の生産者と何十年も付き合っているホテル。
街の人たちから愛されているホテル。
そして、何十年も通い続ける常連のお客さまがいるホテル。

そういうホテルにも、もっと光を当てたい。
新しいから価値があるのではない。
高いから価値があるのでもない。
有名だから価値があるのでもない。
そのホテルが誰かにとって「なくてはならない場所」になっている。
そこにもホテルの価値がある。

日本一のホテルは、誰が決めるのか
だから、冒頭の問いに戻りたい。
日本一のホテルは、誰が決めるのか。
私は、誰か一人が決めるものではないと思う。
星も必要だ。
アワードも重要だ。
口コミも、お客さまの率直な声として大切にしなければならない。
世界基準へ挑戦することも、日本のホテル産業が次のステージへ進むためには必要である。
しかし、それらはホテルの価値を映すいくつもの鏡であって、ホテルの価値そのものではない。

最後にそのホテルの価値を決めるのは、そこで働く人であり、そのホテルを選ぶお客さまであり、ホテルが存在する街や地域なのではないだろうか。
だから私は、「日本一」を目指すことだけがホテル経営だとは思わない。
それよりも、「私にとって、このホテルでなければならない」
そう言ってくれる人を、一人でも多くつくる。
そして、その人たちに何年、何十年と選ばれ続ける。
その結果として、世界からも評価される。
そんなホテルが、私は強いホテルだと思う。

日本一のホテルがどこなのか、私には分からない。
でも、「あなたにとって日本一のホテルはどこですか?」と聞かれれば、きっと多くの人に一つや二つ、頭に浮かぶホテルがある。
その答えが、おのおの違っていていい。
むしろ、それこそがホテルという産業の面白さなのだと思う。

HOTERES編集長 義田

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