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ホテルが、不動産として語られる場面が増えた。
開発、投資、利回り、NOI、GOP、ADR、RevPAR、AM、PM、オペレーター、ブランド、リブランド、コンバージョン、Exit。
いまのホテル産業を語るうえで、これらの言葉は欠かせない。ホテル開発には巨額の資金が必要であり、投資家の存在なくして新しいホテルは生まれにくい。土地や建物の価値を高め、収益性を高め、資産として磨いていく視点も、これからのホテル業界には必要である。
日本のホテル市場がここまで注目されるようになったことは、決して悪いことではない。
むしろ、ホテルが投資対象として評価されるようになったからこそ、新たな開発が進み、外資系ブランドが入り、リブランドやコンバージョンが増え、地域に新しい宿泊機能が生まれている面もある。
ホテルが「経営者の思い」だけでつくられる時代から、資本、ブランド、運営、地域、マーケットが組み合わさって成立する時代へと変わった。
それ自体は、産業の進化である。
しかし、ホテルが不動産として語られるほど、現場の声は遠くなる。
その距離に、私たちはもっと敏感であるべきではないか。
その議論の中に、現場で働く人の未来は入っているだろうか。
お客さまの体験の深さは、どこまで語られているだろうか。
地域との関係は、誰が長い目で見ているのだろうか。
ホテルの未来を、いったい誰が見ているのか。
かつてのホテルは、所有と運営の距離が今ほど遠くなかった。もちろん、すべてが理想的だったわけではない。それでも、経営者が現場を知り、現場が経営者の顔を知っているホテルは多かった。
総支配人がオーナーの考えを理解し、オーナーが現場の空気を知っている。厨房、フロント、宴会、客室、料飲、それぞれの現場で何が起きているかを、経営に近い人たちが肌感覚として持っていた。
いまは構造が複雑になっている。
不動産オーナーがいる。
投資家がいる。
アセットマネジャーがいる。
デベロッパーがいる。
ブランドがある。
運営会社がある。
現場スタッフがいる。
一つのホテルに、多くの関係者が関わるようになった。
所有と運営の分離は、ホテル産業を高度化した。専門性を高め、資金調達の選択肢を増やし、運営力のある会社に任せることで、ホテルの可能性を広げた。
グローバルチェーンの多くは、アセットライトな契約を進めている。自ら土地や建物を持つのではなく、ブランド、送客力、運営ノウハウ、予約システム、ロイヤルティプログラムを提供し、所有は投資家やオーナーが担う。世界のホテル産業は、この仕組みによって急速に拡大してきた。
この流れは、これからの日本でもさらに進むだろう。
一方で、ある老舗ホテル企業のトップは、まったく逆の視点を語っていた。
グローバルチェーンのアセットライト化が進む中でも、自分たちは場所と歴史を核に、アセットを持ちながら長期のブランド価値を守っていく。短期的な最適化だけではなく、迎賓機能、地域との関係、働く人の誇り、積み重ねてきた信用を重視する。
その言葉は、今のホテル業界にとって非常に重い。
アセットライトが悪いわけではない。むしろ、世界のホテル産業を成長させてきた大きな仕組みである。資産を持たないからこそスピードを持って展開できる。ブランドの力を各地に広げることができる。投資家にとっても、運営会社にとっても、それぞれの役割を明確にできる。
しかし、アセットライト化が進むほど、ホテルの価値を誰が長期で守るのかという問いは重くなる。
短期の収益を見る人、資産価値を見る人、ブランドの成長を見る人、運営効率を見る人。それぞれに専門のプロがいる。
では、その土地で積み重ねられる時間を誰が見るのか。そこで働く人の誇りを誰が守り、地域との関係を誰が育てるのか。十年後、二十年後のホテルの顔を、いったい誰が想像しているのだろうか。
所有と運営の分離は、ホテル産業を洗練させた。しかし同時に、責任の所在を見えにくくした。
誰が人材に投資し、教育に責任を持つのか。誰がサービス品質を長期的に守り、地域との関係をつくっていくのか。
この問いは、簡単ではない。
オーナーは資産価値を見る。
投資家は利回りを見る。
アセットマネジャーは収益改善を見る。
ブランドは認知と分布を見る。
運営会社はGOPを見る。
現場は、今日のお客さまと目の前の業務を見る。
それぞれの役割は正しい。それぞれの責任もある。
しかし、それぞれが別々の数字だけを見始めたとき、ホテル全体の未来は誰が見るのだろうか。
ホテルが不動産投資として語られるほど、現場の声は遠くなる。
もちろん、投資目線は必要である。ホテルは理想だけでは成り立たない。建築費は上がり、人件費も上がり、金利も変わり、投資回収も求められる。収益性を無視したホテル経営は持続しない。
だから、私はホテル投資そのものを否定したいわけではない。
むしろ、これからの日本のホテル業界には、健全な投資がもっと必要である。老朽化した施設を再生するにも、新しい地域に宿泊機能をつくるにも、世界と戦えるホテルをつくるにも、資本は欠かせない。
問題は、ホテルを金融商品として見る目線と、現場でお客さまを迎える目線の間に、距離が広がっていないかということである。
ホテルは、建物ではない。
そこに人がいて、時間が流れ、記憶が生まれる場所である。
一泊の客室売上は、数字として管理できる。レストランの売上も、宴会の単価も、稼働率も利益率も見ることができる。
しかし、お客さまがチェックインしたときに感じる安心感や、スタッフの一言で旅の印象が変わる瞬間、朝食会場で交わされる何気ない会話、常連のお客さまが戻ってくる理由。そして地域の人がそのホテルを誇りに思う感覚や、若いスタッフがこの仕事を続けたいと思う瞬間。
それらは、すぐには数字にならない。
だが、ホテルの価値は本来、そうした数字になりにくいものの積み重ねでできている。
ある老舗ホテル企業のトップは、「人材がスタート」だと語っていた。従業員の幸福やモチベーションがあり、それが売上、利益、ブランド価値へ波及していく。若手への賃金配分、休日、残業の少なさ、長く働き続けられる環境を重視するという話もあった。
私は、この順番が大切だと思う。
人が幸せに働けるから、サービスがよくなる。
サービスがよくなるから、お客さまが戻ってくる。
お客さまが戻ってくるから、売上が上がる。
売上が上がるから、ブランド価値が高まる。
本来、ホテルの価値はこの循環でつくられる。
ところが、投資や収益改善の議論が先に立ちすぎると、この順番が逆転することがある。まず利益があり、次に効率があり、その後に現場がある。人件費はコストとして見られ、教育は余裕があるときに行なうものになり、現場の余白は削られていく。
短期的な収益改善は重要である。しかし、そこだけを追えば、確実に削られるものがある。
人件費が削られ、教育時間が削られ、現場の余白が削られる。地域との関係づくりが後回しになり、長期的なブランドづくりより目先の稼働が優先される。
結果として、ホテルは一見、収益性を高めたように見える。しかし、現場の力は少しずつ失われていく。それは、ホテルにとってもっとも危険なことではないか。
前回、「高くなったホテルは、誰を豊かにしたのか」と書いた。今回の話も同じ線上にある。
ホテルの価格が上がる。投資対象としての価値が上がる。開発が進み、ブランドが増え、資産として磨かれる。それはよい。
だが、その中で働く人は豊かになっているのか。現場の誇りは守られ、お客さまの体験は深まっているのか。地域に価値は還元されているのだろうか。
ホテルが高くなり、不動産としての価値が上がっても、現場が疲弊し、お客さまの体験が薄くなり、地域との関係が弱くなっているなら、それは本当の意味での価値向上とは言えない。
ホテルは、不動産である前に、ホスピタリティの現場である。
この順番を間違えてはいけない。
もちろん、所有と運営が分離した時代に、昔のような一体型の経営に戻るべきだと言いたいわけではない。時代は戻らない。むしろ、所有と運営の分離はこれからも進むだろう。
だからこそ、必要なのは否定ではなく、設計である。
オーナー、投資家、ブランド、運営会社、現場が、同じ未来を見られる仕組みをつくること。
たとえば、人材投資を単なるコストではなく、資産価値を守るための投資として位置づけること。教育や採用、スタッフの定着率を、ホテルの長期価値に関わる指標として捉えること。
サービス品質を運営会社だけの責任にしないこと。オーナーや投資家も、品質を生むためには適切な人員、設備更新、教育予算、現場の余白が必要であることを理解すること。
地域との関係づくりを、PRやCSRではなく、ホテルの価値形成そのものとして考えること。地元の食材、文化、職人、観光資源、雇用とつながることで、ホテルは単なる宿泊施設ではなく、地域の価値を編集する存在になれる。
そして、現場の声が経営や投資の議論に届く回路を持つこと。
ホテルの現場は、数字の裏側を知っている。
なぜリピーターが戻ってくるのか、なぜクレームが増えているのか、なぜ若手が辞めるのか、なぜ朝食の満足度が下がったのか、なぜお客さまの表情が変わったのか。それは、現場にしか分からない。その声を聞き、ハードウエアなどのウエア面だけでなくソフトの本質を見つめ直さずに、ホテルの未来を判断してはいけない。
これからのホテル投資に必要なのは、単なる収益性の追求ではない。現場を弱らせずに、どう価値を高めるかである。
不動産としてのホテル価値と、ホスピタリティとしてのホテル価値。この二つを対立させるのではなく、どう接続するか。それが、これからのホテル業界に問われている。
投資家が悪いわけではない。オーナーが悪いわけでもない。運営会社が悪いわけでもない。ブランドが悪いわけでもない。
問題は、誰も悪くないまま、現場の未来が見えにくくなることである。それぞれが自分の役割を果たしているのに、ホテル全体としての長期的な価値が削られていく。そうしたことは起こり得る。
だからこそ、ホテルに関わるすべての人が、もう一度問い直す必要がある。
このホテルは誰のために存在し、どのような体験を生みたいのか。ここで働く人はどのような未来を描け、地域に何を返しているのか。そして、十年後も価値を持ち続けられるのか。
ホテルを資産として見ることは重要である。しかし、ホテルの資産価値を本当に支えているのは、土地や建物だけではない。そこで働く人、積み重ねられたサービス、地域との関係、お客さまの記憶、ブランドへの信頼である。それらを守らずに、ホテルの価値だけを高めることはできない。
ホテルは、誰のものなのか。
オーナーのものか、投資家のものか、ブランドのものか、運営会社のものか。あるいは働く人のものか、お客さまのものか、地域のものか。
答えは、一つではない。だからこそ難しい。そして、だからこそ面白い。
ホテルは、多くの人の期待と責任が重なり合う場所である。不動産であり、事業であり、職場であり、旅の目的地であり、地域の顔でもある。その複雑さこそが、ホテルの価値である。
所有と運営が分かれる時代だからこそ、ホテルに関わる人たちは、同じ問いを共有しなければならない。
このホテルの未来を、誰が見るのか。
その問いを忘れたとき、ホテルはただの建物になる。
ホテルは、不動産である前に、人が働き、人を迎え、人の記憶をつくる場所である。
その原点を見失わないホテルだけが、これからの時代に本当の価値を持ち続けるのだと思う。
ホテレス編集長 義田